iPS細胞治療の最新フェーズ ドパミン神経細胞移植で「寝たきりゼロ」、心機能を回復させる「魔法のシート」

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“魔法のシート”

 脳と同じかそれ以上に複雑な臓器とされる心臓の病でも、iPS細胞を使った世界初の臨床研究計画が立ちあがり、今年5月、厚労省から承認を得ている。

 指揮をとる大阪大学大学院医学系研究科心臓血管外科教授の澤芳樹氏が言う。

「臨床は虚血性心筋症の患者さん3人を対象にしています。今年度中に1人、残り2人も3年以内に手術の予定ですが、世界中には100万人、日本でも毎年5千人のペースで増加し数十万人の患者がいる。有効な治療法となれば多くの人に活用できます。この病気は、心臓の血管が悪いが故に機能が落ちて心不全を引き起こしてしまう。要は心機能を回復させればよい病気なので、iPS細胞が応用できると考えました」

 いったいどういうことか。心臓手術で澤氏が用いるのは直径数センチ、厚さ約0・1ミリの「心筋シート」である。

 このシートには、iPS細胞を心臓の筋肉(心筋)に変化させた細胞が加工されていて、そこから出る特殊なタンパク質が、新しい血管を作り出す機能を回復させ心筋を元気にしてくれるのだ。

 いわば“魔法のシート”だが、2年前に澤氏は、iPS細胞を使わず、太ももの筋肉から作ったシートを心臓に張り付け心機能を回復させる「ハートシート」を実用化させていた。

「07年に京大の山中先生がヒトのiPS細胞を作製された時期に、私は『ハートシート』の臨床試験を行っていましてね。その過程で、足の筋肉を使うよりiPS細胞を心筋に変化させてシートにすれば、より効果が上がると考え、山中先生の研究に加えて頂きiPS細胞を貰ってきたんです」

 心筋症は進行すれば、心臓移植か人工心臓という選択肢しかなくなるとした上で、澤氏はこうも言う。

「移植手術を待つ患者さんは、日本では多い時で2千人弱いますが、実際に施術ができるのは年間60例ほど。圧倒的にドナーが足りていませんが、脳死者は年間千人ほどいて、その半数、つまり500人前後は移植可能な心臓を持っているんです。ご遺族からすれば、まだ温かい体から心臓を取り出すのは非常に難しい選択ですし、移植を待つ患者さんも、“人の死を待っているって、これほど辛いことはない”って言うんですよ。自分が生きたい気持ちと、誰か死んでくれとは思えない気持ちの狭間で葛藤を抱えている。だから、私は再生医療がどれほど重要か、日々痛感しています」

 そんな澤氏も、iPSによる「心筋シート」とて、万能ではないと続ける。

「問題なのは、新聞などが〈心臓移植に代わる技術〉と間違った表現をするので、シートがあれば心臓移植や人工心臓は要らなくなると勘違いすること。正確には、iPSの治療が有効な患者さんは、移植は必要だけど手術まで待つ時間に多少の余裕があるレベルに限られている。投薬もペースメーカーも効果がなく、すぐ移植をしないとまずいという緊急レベルの心臓はiPS治療でも復活させるのは難しい。だから人工心臓や心臓移植が不必要になることはありません。それでも、iPSが治療の選択肢になれば、心臓移植を待つ患者さんも減り、より重篤な患者さんも助かる。そうやって全員を救えるような医療体制が出来ればいいなと思っています」

(2)へつづく

週刊新潮 2018年9月6日号掲載

特集「専門医が驚嘆! 不治の病に『iPS細胞治療』の最新フェーズ」より

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