訪日外国人のマナー違反を嘆いてばかりでは仕方がない

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おもてなし、できてる?

 訪日外国人が増えるにつけ、そのマナーが問題視されることが多くなった。最近では高野山の宿坊を利用した外国人と僧侶の言い合いがニュースにもなっている。

「サービスが悪い」という外国人に対して「修行の場をなんと心得る」とばかりに僧侶側が怒った、というのが騒動のあらましだ。

 他にも観光施設などで立ち入り禁止の柵を越えて記念写真を撮る、温泉での入浴マナーが悪い等々、関連のネタは尽きない。

 もちろん、マナーは守るべきだし、一部の団体客のマナーの悪さには目に余るものがある。しかし一方で、日本側も「観光立国」を謳うわりには不備が多いのではないか、と指摘するのは、ドイツ在住のフリーライター雨宮紫苑さん。雨宮さんは、新著『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』の中で、意外と「おもてなし」ができていない日本の現状を指摘している(以下、引用はすべて同書より)。

「わたしのパートナーが日本に来たとき、彼は『わからない』を連発していた。

 たとえば、ウォシュレット。トイレで『流す』ボタンらしきものが見当たらない。でもボタンはたくさんある。これはなんだろう。彼は適当にボタンを押し、『お尻がびしょびしょになった!」』と爆笑していた。油そば屋では食券システムをはじめて見たらしく、前にいたサラリーマンの立ち居振舞いを見て『効率的だなぁ』と感心していた」

 このくらいならば、「わからない」も愉しみのうち、と言えるかもしれない。異文化に触れて戸惑うのは旅の面白さの一つである。しかし実際には、「わからないからやめておく」とネガティブな反応を示す場面も多かったという。

「『温泉に行こう』と誘っても『入り方がわからない。まわりから変な目で見られると面倒だからやめておく』と言われたし、『浴衣を着よう』と言っても『着方がわからない。うっかり脱げたら困るからいいや』と言われてしまった」

リョカンのシステム

 もちろん雨宮さんのよう日本人が一緒にいて解説してあげればこうした問題は解決するのだろう。しかし多くの訪日外国人はそんな環境にはいない。

「(彼に)そう言われてはじめて、日本のルールを外国人に理解してもらうための心配りが少なすぎることに気がついた。

 旅館にしても、日本人なら『夜は部屋食で適当な時間に仲居さんが布団を敷きに来てくれるんだろうな』とわかるが、外国人はわからない。日本を紹介しているガイドブックでは、『リョカンには部屋にシャワールームがなく、共同オンセンがある』『ちゃんとしたベッドはないが、タタミという床の上にマットを敷いて寝る』『フィットネスルームはない』と紹介されている。こう書かないと、外国人はリョカンがなにかがわからないのだ。

 押入れに入っている浴衣に気づかない外国人もいるかもしれないし、見つけたとしても着方をレクチャーする多言語のメモがなければ、どうすればいいかわからない。温泉だって、さんざん海外にアピールしているのに、どう入るべきかを丁寧に外国語で説明しているところは少ない。

 それを『いちいち調べろ』というのはちょっと傲慢だ。そうなれば、わたしのパートナーのように『まちがえて悪目立ちしたくないからやめておく』という考えになってしまうだろう。

 質のいい旅館をアピールしたところで、そもそも旅館をちゃんと理解してもらっていなければ意味がない。そういった努力が足りていない現状で、『ガイジンは温泉でかけ湯をしなかった』『浴衣の合わせが逆だった』『これだからガイジンは』と言うのは不親切だ。

 一部にマナーが悪い外国人観光客がいることは事実だが、多くの外国人観光客はその国の文化に敬意を払い、ローカルルールを楽しみたいと思っている。だがこのローカルルールが、日本では暗黙の了解すぎて、新参者にはむずかしいのが現状だ」

情報発信不足

 私たちにとっては日常であっても、外国人にとっては謎、ということはいくらでもある。スイカやパスモの使い方一つとってもなかなか難しい。これらが出始めた時の戸惑いを思い出せば、容易に想像できるはずだ。だから初心者には丁寧に説明をする必要がある。訪日外国人が不要に戸惑い、ストレスを感じないように。――ところが、そうした情報を日本は上手に発信できていない。

 観光庁が訪日外国人にとったアンケートで、出発前に役立った情報源を尋ねたところ、トップは個人ブログというありさま。外国人が「やってみたい」「行ってみたい」と思うことへの情報を上手に観光地や施設が提供できていないことの裏返しだろう。

「外国人が『個室の掘りごたつ席で食事をしたい』『休憩がてらドリンクバーを楽しみたい』と思ったとして、どうやって調べればお店にたどり着けるのだろう。日本人なら和風居酒屋に掘りごたつ席があることを知っているし、ドリンクバーならファミレスに行けばいいとわかる。だが外国人には、そもそもどれがレストランか居酒屋かファミレスなのか、そういったことがわからない。

 KYOTOに美しい寺や神社があることも、TOKYOにはさまざまな娯楽があることも、世界中の多くの人が知っている。それだけをアピールし続けるのは、『ドイツには城があります!』とゴリ押しし続けるくらい不毛だ。そんなこと周知の事実である。

 温泉や旅館をアピールしたところで、そこでどう楽しむかがわからなければ、わざわざ行って体験したいとは思わない。『どこか遠くの国にキレイな場所があるらしい』という認識で終わってしまう。

 欧米とは距離があることを踏まえると、観光スポットをまとめただけのありきたりな観光情報では足りないのだ。そんなの、もう有名なのだから。

『日本のこういうところがすごい』『日本のこういうところが特別だ』と胸を張るのなら、それをちゃんと外国人に伝えればいいのに、と思う」

もっと魅力ある日本のために

 こう苦言を呈したうえで、雨宮氏は提案する。

「日本に多くの観光地があることは、すでに有名だ。だが本当に、観光客が楽しめる『日本』は、それだけだろうか。日本人が当たり前すぎて気づかない日常生活の片隅にも、『おもしろい日本』は眠っているんじゃないだろうか。

 たとえば、お座敷で鍋を食べること。ゲームセンターでUFOキャッチャーをしてみること。そういう日常の小さな日本らしさも、魅力のひとつだ。ゲームセンターに行くためだけに日本に来る人はいないだろうが、『日本と中国どっちに行こうかな』『日本にはお寺以外になにがあるんだろう』と思ったときに、そういったことが後押しになるかもしれない(略)。

 日本人による日本人目線の外国人観光客対策ではなく、外国人目線の観光化を意識していけば、外国人の需要に気づき、日本はもっと魅力的な観光地になれる」

「マナー違反」の多くは許し難いものだろう。しかし、よく見ていくとその中には、「おもてなし」の不備、あるいは新しいビジネスのヒントすら隠されていることがあるのかもしれない。

デイリー新潮編集部

2018年8月27日掲載

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