「日本一の工業高校」はなぜ甲子園に出場できたのか 文武両道を掲げる監督の指導理念

スポーツ 野球 2018年8月17日掲載

  • ブックマーク

文武両道は可能か

 相変わらず炎天下の中、投手に限界を超える球数を投げさせる監督。

 それを「熱投」「感動」と持て囃すメディア。

 この夏も甲子園では見慣れた光景が繰り返されている。

 今後の野球生命を軽視したかのようなプレイの強要の背景にあるのは、目の前の勝利を最優先する「勝利至上主義」があるのは間違いない。

 そして、こうした勝利至上主義の犠牲者は必ずしも投手やレギュラー選手だけとは限らないことも見過ごせない問題だろう。野球に集中させるために、その他のことを排除していく――それは一見、素晴らしいことのようにも思えるだろうが、実は野球部員たちの可能性を狭めることにもつながりかねない。もちろん、野球によって体力、忍耐力、チームプレイを会得することは可能だろう。それは素晴らしいことだ。

 しかし一方で、野球「しか」知らないタイプのプロ選手が転落していく悲劇が後を絶たない現状は、「文武両道」を目指すことの必要性を示しているのではないか。そして、それは決して勝利と両立しないものでもない。長年、甲子園取材を続けてきたスポーツジャーナリストの氏原英明氏は新著『甲子園という病』の中で、文武両道を実現している「日本一の工業高校」の例を紹介している(以下、同書より抜粋・引用)。

日本一の工業高校

 取り上げられているのは、沖縄県の県立・美里工業。指揮を執るのは神谷嘉宗氏だ。

 神谷監督は、2011年に同高に赴任する前にいくつかの高校で指揮を執り、それぞれのチームを県大会上位進出に導いてきた。前任の浦添商は2008年夏、甲子園ベスト4入りも果たしている。

 そして2014年には美里工業を創部以来初の甲子園出場に導いた。

 これほどの成果を出しながらも、神谷氏は部員たちに勉強にもしっかり取り組ませている。その指導理念は明確だ。

「生きる力をつけるのが高校教育の仕事であるという使命感を持っています。甲子園に出場できても、その選手が将来、仕事も何もできない人間になったらかわいそうですからね。甲子園を通過点として、生きる力をちゃんとつけてあげないといけないと思っています」

 これは決して単なる綺麗ごとではないし、マスコミ用のアピールでもない。

 美里工業は2014年、センバツに初出場を果たしているが、同じ年度に別の分野では日本一に輝いている。それは「第一種電気工事士」の国家資格の合格者数だ。

 特筆すべきは同校からの合格者53人のうち、野球部員が30名という点だ。さらに、ジュニアマイスター全国特別表彰に2人の野球部員が表彰されている。

 氏原氏の取材に、神谷氏はこう答えている。

「子どもたちに常々言っているのは、将来、人生の勝利者になれるかということです。いかに社会に出てから仕事をちゃんとやって、幸せな人生を送るか。そのためには高校時代に勉強して、会社に入るのが大事だよ、と。そうすれば幸せになれるし、好きなことができる。いまの勝ち負けではなくて、生涯賃金がどうなるかが人生においては大事なんだ、という話をします。そうした話をしていくと、将来のことを考えるようになり、勉強をすることはもちろんですが、周りを見る目が出てくるようになります」

 これを「夢がない」と批判するのは簡単だろう。しかし、氏原氏はこのように解説する。

「甲子園出場を目指して上位に入りたい、あるいはプロ野球に入りたいと夢を持つことは大切だが、実際にプロに進める選手は限られているし、たとえプロに進めたとしてもいつかは引退する。『野球』を取っ払ったときに何ができるのか。神谷は生徒たちに、目標をもちながらも、生きるための目的を失ってはいけないと説いているのだ」

工支援

 実際にその仕事を始めてみてわかったのは、工業高校で得られる国家資格が数多くあり、それらが就職に直結している点だった。もちろん資格取得はそう簡単ではない。講習だけではなく実技も必要なので時間もかかる。

 それでも神谷氏は生徒たちに資格取得をノルマに掲げる指導理念を貫いた。

 もちろん野球の力もつけなくてはならないので、実戦練習を多く取り入れたり、選手間の競争を激しくしたり、さまざまな工夫をしている。

 さらに独特なのは「工支援(こうしえん)」というサポートチームの存在だ。ベンチ入りを諦めた3年生が「工」業を「支」えて「援」護するこのチームは、対戦相手の偵察など、グラウンドの内外でチームを支えるのだ。主役になれなくても、サポートで全力を尽くす。こうした経験が社会に出てから、長い人生を送るにあたって役立たないはずがない。

人としての幅が広がる

 同書に収められている神谷氏のコメントをもう少しだけ紹介しておこう。

「甲子園という目標と、将来の生き方の両方を追うと、人としての幅が広がります。最初はわからないかもしれませんが、3年生になったら子どもたちは落ち着き、大人になっていく印象を受けます。野球だけしかやっていなければ、一つがダメだったらすべてダメになるじゃないですか。そういう子は『工支援』という応援団にも回れないです。この子たちは、全体の生き方を考えながらやっているから、そういう周りを見る目が生まれてくるのだと思います。それが生きる力だと思います」

「野球には、練習に耐える力やあいさつができるようになったり、マナーが分かる、あるいは先輩・後輩の精神が養われるなど、たくさん得られるものがあると思います。でも、それはどこのカテゴリーの野球チームでも教えられると思います。高校というのは勉強を教えないといけない。その学校の特徴があるわけですから、それを教えないと高校教育ではありません。高校野球と普通の野球を一緒にしちゃいけない。高校野球として、指導者にはやるべきことがある」

「(16~18歳という)この時期に頑張った子どもは、野球だけでなく、すべてにおいて一生懸命に頑張ることができる」

 高校野球関係者のみならず、「感動至上主義」に陥りがちな野球ファン、メディアもこうした声に耳を傾けるべきではないだろうか。

デイリー新潮編集部