あの容貌でも“信者1万人”に君臨 オウム麻原の「カリスマ性」を分析

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お釈迦様なき孫悟空

――麻原は、先天性の緑内障のため、小学校1年から高校3年まで、全寮制の県立盲学校に通っていた。盲学校の中等部時代に柔道を始め、2段を取得。頭も良く、校内ではボス的な存在だった。彼が仲間たちに「殴れ」と命令すれば、お互いを殴りあうこともあったという。

 彼は視力障害者ではありますが、弱視程度で、全盲だったわけではありません。教団内で、彼は自分を盲人のように装って、超能力者のように振る舞うために都合よく利用していますが、実際には、視力はあったのです。だからこそ、あんなに美人趣味だったりするのです。全盲者なら、あんなに美人ばかり大切にするわけがないですからね。

 が、彼が弱視だったことは、盲学校に在学している間、周囲に対する極めて強い力を発揮したと思われます。しかも、彼は柔道をやっていたから、腕っ節の強さ、つまり腕力もありました。この視力と腕力により、彼はグループの中でお山の大将になることができたのです。

 が、外の世界に対しては、やはり強い劣等感を持っていたはずです。視力障害のグループに対しては、ボスぶっていて、それはまるで、お釈迦様に捕まる前の、孫悟空のようなものでした。孫悟空は結局、三蔵法師の子分になりますが、麻原教祖の場合は、社会に出ても、こっぴどく戒めてくれるお釈迦様がいなかったのです。ですから、自我が止めどなく肥大していったわけです。

 その後、彼は熊本大学医学部や東大を受験しようとして、いずれも失敗しています。外部の世界でエスタブリッシュメントになることには挫折したのですが、今度は、小さな新興宗教の中で自己実現を図るわけです。麻原教祖は強いエリート志向を持ち続け、かつて自分が果たせなかった夢を、自分の周りにエリートを集め、意思統一することによって果たそうとしたのです。

(4)へつづく

「FOCUS」1999年5月26日号

週刊新潮WEB取材班

2018年8月17日掲載

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