カンヌ受賞作「万引き家族」に「クリーニング業界」から異論噴出のワケ

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昭和の“底辺”イメージが再現!?

 舞台となるクリーニング店は経営が苦しい。劇中では経営者から「時給が高いパート2人のうち1人が辞めてほしい。2人で話し合って決めてくれ」と依頼される場面がある。

「店側は解雇の法的手順を全く踏んでいません。完全な労働基準法違反です。信代が労基署に訴えれば、ひとたまりもありません。この場面は一種の伏線が張られる場面でもあります。物語上、信代は解雇される必要がありました。とはいえ、他に信代を辞めさせる方法はあったと思います。クリーニング店の経営者が『労働基準法を順守しない人間』として描かれてしまったことは、物語に必要な設定だったとは思えません」

 普通なら「脚本上のミス」と片づけるべき問題かもしれない。鈴木氏も、そのことは理解している。だが看過できないのは、先に見たとおり映画では「クリーニング店に対する低いイメージ」が一貫して描かれているからだ。

「この信代という女性は、遵法意識の乏しい人間として描かれています。一種の“アウトロー”というわけです。クリーニング工場での勤務中、ポケットの中から忘れ物を見つけると、それを盗んでしまいます。同僚も、それを黙認しています。こんなことは現実にあり得ません。お客さんの忘れ物の対応は極めて重要で、紛失すると大問題に発展することは言うまでもありません。誰も盗んだりはしませんし、盗めないようなシステムが構築されているのが普通です」

 平成に生まれた世代にはピンと来ないだろうが、少なくとも昭和までクリーニング業は一種の“賤業”だったという。

「映画に登場するクリーニング工場を見て、私は『セットを組んだんだな』と思っていたんです。それほど古めかしく、現存していないような建物だったんですね。ところが調べてみると、都内で現在も稼働している工場だと分かり、本当に驚きました。結果として、『万引き家族』という映画に登場したクリーニング業界は、『工場は古くボロボロで、経営者は労働基準法を守らず、従業員でさえも遵法意識に乏しい』ということになってしまった。私たちはクリーニング業界の負の歴史を知り抜いていますから、どうしても納得できないんです」

 返す刀で鈴木氏は、クリーニング業界の悪弊も指摘する。今年7月22日に読売新聞は「石油溶剤 住宅街では禁止 クリーニング店 改善進まず 引火の恐れ」の記事を掲載した。

「火事のリスクから建築基準法違反であるにもかかわらず、依然として1万を超えるクリーニング店や工場が、住宅街などで禁止されている石油溶剤を使ってクリーニングを行っているという記事です。結局、クリーニング業界は順法意識に乏しい。是枝監督に『経営者は労働基準法を守らず、従業員も手癖が悪い』と描かれても仕方のない業界ではないかという苦い意見も決して少数派ではありません。我々が映画の描写に納得していないのは事実ですが、猛省を要求されているという事実も、逃げずにしっかりと直視するつもりです」

 鈴木氏の記事は、最後は以下のように結ばれている。

《クリーニング業界は、「社会の底辺」といわれて平気な人ばかりではないはずだ。この現状を少しでも上向きにしていけるよう、志ある有志の登場に期待したい》

 思わぬところから異論の出た「万引き家族」。表現の難しさを改めて考えさせられる話ではないか。

週刊新潮WEB取材班

2018年8月10日掲載

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