松井秀喜“敬遠”が生んだ国民的論争――「夏の甲子園」百年史に刻まれた三大勝負

スポーツ 野球

  • ブックマーク

Advertisement

罵声と怒号の中で

 馬淵監督の方針は徹底して実行されていく。

 試合は、明徳が2回裏、スクイズと長打で2点を先取。3回にも1死満塁からタイムリーで1点を加える。星稜は3回表、松井敬遠のあとの1死満塁で月岩がスクイズを決め、1点。5回表は6番福角のタイムリーで1点を奪う。試合は明徳1点リードのまま終盤にもつれ込んでいく。

 だが、くり返される松井への敬遠に甲子園の雰囲気は険悪さを増していった。7回表2死走者なしの場面でも敬遠は実行された。スタンドから「勝負せんかあ!」「いい加減にしろ!」という凄まじい罵声が飛ぶ。

 いよいよ3対2、明徳1点リードで迎えた9回表、2死から3番山口が左中間を抜く3塁打を放つ。2死3塁。土壇場で一打同点のチャンスだった。ここで打者は松井。騒然となる中、馬淵は河野に当然のごとく敬遠を命じた。たまらず3塁側星稜の応援席からメガホンや紙コップなどが次々と投げ入れられた。

 試合中断。前代未聞の事態だった。

「物を投げ込むのはやめてください!」。アナウンスが流れる中、星稜の山下監督以下、ナインたちが投げ込まれたものを拾いにいく。

 次打者月岩はネクストバッターズサークルで茫然と立ち尽くしていた。試合が再開されると松井は、すかさず盗塁。2死2、3塁。一打逆転である。しかし、2―2からの5球目、研究され尽くした河野の外角カーブが月岩に投じられた。

 観客はスローモーションであるかのようにそのシーンを見た。月岩のバットに弾かれた打球はサードへ。スピンのきいた難しいゴロだった。しかし、明徳のサード久岡の矢のような送球がファースト岡村のグラブに吸い込まれた。岡村は肘を壊して投げられなかった本来の明徳のエースである。その岡村がウィニングボールを捕ったのだ。

 歓喜の中、ホームプレートに並んだ明徳ナインは信じられないものを耳にする。

「帰れ! 帰れ!」

 場内に帰れコールが満ち、明徳の校歌がほとんどかき消されてしまったのだ。ありえない光景だった。

次ページ:後に語った「あの作戦は当然」

前へ 1 2 3 4 次へ

[3/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。