高橋真麻ズブ濡れ伝説も生んだ「隅田川花火大会」独占中継「テレ東」の舞台裏

エンタメ2018年7月30日掲載

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 東京の夏の風物詩「隅田川花火大会」が7月29日に開催された。当初は28日に開催予定だったが、台風12号の影響で順延。29日に無事開催の運びとなった。隅田川花火大会の歴史は“暴れん坊将軍”こと8代将軍徳川吉宗が大飢饉の犠牲者の慰霊のため、享保18(1733)年に両国で打ち上げた花火にまで遡れるという。打ち上げ花火につきものの「玉屋(ターマヤー)」「鍵屋(カーギヤー)」の掛け声もここから始まった由緒ある花火大会だ。ただし、大戦中はもちろん、1962年~77年までは交通事情や川の水質汚濁のために中断。現在の隅田川で復活してから今年で41回目の開催となる。

 そして隅田川花火大会といえば、忘れてならないのがテレビ東京の生中継「アサヒビールスペシャル 独占生中継 隅田川花火大会」だ。この放送も今年が41回目。つまり、隅田川で復活してから、ずーっとテレ東が放送してきたことになる。2013年の第36回大会で、ゲリラ豪雨に見舞われながらもレポートを続けたフリーアナウンサー・高橋真麻の姿が記憶に残っているかたもいるだろう。40年余に亘る歴史ある番組の裏側を取材した。

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 生中継まで1週間を切り、東京でも史上初の40度を記録した23日、六本木のテレビ東京新社屋で取材は行われた。

澤井伸之チーフプロデューサー:いやあ暑いですね。中継では事故を避けることはもちろんですが、今年は特に熱中症対策に気を使わないと。

小高亮プロデューサー:今のところ予報を見る限り「曇り時々晴れ」なんですけどね、一番いい状況ではあるんですが。当日、スタッフは朝からの作業ですので、美術さん技術さん含め陰もないところでの作業ですので、ネッククーラーの配布であるとか、休む場所を作ったり、看護師さんを待機させたり……。

水野亮太アシスタントプロデューサー:なにぶん電源がないものですから。

澤井CP:毎年のことですが、飲料水を配ったり、打ち上げが始まってしまったら、お客さんが多くてできませんので。

水野AP:中継地点も川の反対側だったりと、広範囲に広がっているので。花火が打ち上がり始めてからは、人は多いし、一方通行だったりして、身動きが取れなくなるんです。以前、川の反対側から「道具が足りない」と連絡を受けて届けたんですけど、着いた時には中継が終わっていたこともありましたね。

年に1度、500人が関わる花火中継

澤井CP:隅田川花火は、制作局の人間は全員、入るような感じですね。

水野AP:私は2004年に入社して、14回、関わってます。

小高P:ウチの社員で花火やったことない人間は、ほぼいないでしょうね。制作局でやる中継としては一番大きな番組と言っていいでしょうね。なんだかんだで500人ほどが関わっていますから。カメラは公式には20台と言っていますが、実際は30台近く使ってますね。

澤井CP:テレビ東京としては精一杯。私のようにおじさんになると、現場からお呼びでなかったりしますけど、30代半ばくらいまではずっと――。僕がプロデューサーやらしてもらったのが2013年から2016年までです。

――13年というと、例の……。

澤井CP:そうなんですよ、あの豪雨で中止になった時が初めてです。自分でも、持っているのか持ってないのか、分かりませんけど……。これまで40回放送してきて、放送中に花火大会が中止になったのは、あの1回だけ。

――ご存知ない方(これほど力を入れて放送しているのに、隅田川花火中継は関東ローカル)のために説明すると、13年の第36回花火大会は、放送開始後およそ30分でゲリラ豪雨に見舞われ中止に。その間、司会の高橋英樹(74)や樹木希林(75)らゲストはびしょ濡れになった。レポーターを務めた高橋真麻(36)は花火中継なのか、台風中継なのか分からない状況に。花火大会は中止となったが、テレ東の番組はそのまま継続し、中止前までの映像と前年の映像などを駆使して乗りきった? なぜ他の番組に切り替えないのか不思議がられた――。

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