共通する“トップ”と“ボトム”の暮らし ほどほどが一番(古市憲寿)

社会 週刊新潮 2018年7月19日号掲載

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 少し前のことになるが、米朝首脳会談の中継を見ていたら、厳重な警戒の中、金正恩がホテルに入っていく姿が映し出されていた。周囲を「人間の盾」が囲み、彼の姿はほとんど見えない。

 思い出したのは犯人の護送だ。しかし金正恩は「犯人」などではなく、シンガポール滞在中は、トップスターやセレブ並みの扱いを受けていた。

 世の中とは不思議なもので、トップとボトムには共通点が多い。

 たとえば富裕層が住むマンションは駅から離れた場所に位置している。彼らは電車になんて乗らないから、駅に近い繁華街よりも、都会の中で自然が多い場所に価値を見いだすのだろう。

 しかも時に高級マンションは、玄関から部屋までにとんでもない距離がある。先日、あるお金持ちのホームパーティーに呼んでもらったのだが、マンションに着いてから部屋まで軽く5分は歩いた。上品な調度品が飾ってあったり、水らしきものが流れる廊下があったり、とにかく部屋までの道のりが長いのだ。

 一方、地価の安い場所も概して駅から遠く、そして自然に溢れている。いしだ壱成が家賃2万4千円のアパートに住んでいると話題になったが、東京郊外の最寄り駅からバスで20分、スーパーマーケットまで2kmという立地だそう。

 本来、資本主義下において、お金持ちは最強の存在のはずだ。世界中の好きな場所に住んだり、好きなものを食べたり、美男美女と付き合ったりと、ほとんどの望みを叶えることができる(ダイエットだけは、お金では無理かも)。

 岡田斗司夫さんの『「世界征服」は可能か?』という本にもあったが、資本主義下では、悪の組織を作って「世界征服」を目指すメリットは非常に少ない。わざわざ政治権力を握らなくても、個人の欲望のほとんどは、ただお金持ちになるだけで満たされてしまうからだ。

 富裕層には、選択肢が無限大にある。しかし皮肉なことに、この社会は一番のボリュームゾーンである中間層のために設計されている。だから「中間層向け」に比べて、「お金持ち向け」の商品やサービスは数が限られる。腕時計やワイン、葉巻といったように富裕層の趣味は似通ってしまうのはそのせいだろう。

 もちろんお金持ちが「中間層向け」の商品を買ってもいい。その意味で彼らに選択肢が多いことには変わりないのだが、もはや「中間層向け」では質に満足できなかったり、プライドが邪魔をするのかも知れない。

 幸福度は収入とある程度までは相関する。しかし、稼げば稼ぐほど幸福度が無限に上昇するわけではない。確かに、屈強なボディーガードに囲まれて、一人では何もできない生活は「幸福」からはほど遠そう。

 またメディアは成功者を取り上げるのが好きだから、お金持ちは顔が割れてしまうことも多い。うっかり不倫もできないし、軽犯罪でも発覚すれば世間からバッシングに遭う。ほどほどが一番幸せなんだろうなあ。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。