早大新総長「田中愛治」教授の父親は大物右翼 昭和史に残る“フィクサー”

国内 社会 2018年7月6日掲載

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フィクサーの子供が大学トップ!?

 諺では「鳶が鷹を生む」とするが、「蛙の子は蛙」とも言う。ならばこの親子は、どっちなのだろうか――? 新聞各紙は6月28日の電子版などで、早稲田大学の新総長決定を報じた。例えば読売新聞なら「早大の新総長に田中愛治・政治経済学術院教授」という具合だ。

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 早大関係者が、経緯を振り返る。

「夕刊フジが『大混戦』と報じ、その通りの展開になりました。近年の早稲田は『学部』ではなく『学術院』の名称を使いますが、立候補者は法学学術院の島田陽一教授(65)、教育・総合科学学術院の藁谷(わらがい)友紀教授(63)、政治経済学術院の田中愛治教授(66)の3人。本命が島田教授、森喜朗元首相や王貞治・福岡ソフトバンクホークス会長など大物OBが応援した藁谷教授が対抗、そして田中教授が大穴との下馬評でした」

 ところが、最初の投票で藁谷教授が落選。本命の島田教授も得票数が過半数に届かず、
大穴の田中教授との上位2人による決選投票となってしまう。

「その結果、島田教授が伸び悩む中、大穴の田中教授が票を積み重ねて総長の座を得たのです。政経出身の総長は何と50年ぶり。田中教授は総長選に際し、Twitterで積極的に情報発信をしていました。こうしたアグレッシブな姿勢も、番狂わせに一役買ったのではないかと取り沙汰されています」(同・関係者)

 早大総長は田中教授で17代目となる。初代の大隈重信から、17人の学歴を中心としたプロフィールをまとめてみた。

一般紙が「怪物」「黒幕」と形容した父親

 表を見ると、田中新総長の経歴には何も変わったところはないことに気づく。いかにも大学教授、というイメージの人生だ。

 ならば田中新総長の父親は、どんな来歴の持ち主なのだろう。父子の業績を比較すれば、田中総長が「鷹」なのか「蛙」なのか分かる。

 親父を超えたか、親父の血を受け継いだのか――田中新総長の父親は、田中清玄(故人・1906〜1993)――と紹介して「えっ!?」と腰を抜かした方は、戦後日本史に深い知識をお持ちに違いない。

 田中清玄とは、どんな人物だったのか、死去を報じた主なメディアの見出しを列挙させていただく。

◇「田中清玄氏死去 共産主義運動家から反共に転向 幅広い人脈で活動 」(NHK)
◇「田中清玄氏が死去 昭和史に波乱の足跡」(朝日新聞)
◇「田中 清玄氏(元総合人間科学研究会理事長)死去 多彩な人脈持つ怪物」(読売新聞)
◇「【訃報】田中清玄氏が死去 87歳 「怪物」「黒幕」…政財界に影響力」(産経新聞)

 田中清玄という名前をご存じなかった方でも、「転向した大物フィクサー」というイメージを持たれるはずだ。では、大学に入学するまでの経歴を、父子で併記してみる。

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