「政府は傲慢だ」という論法もまたブーメラン 記録で振り返る「民主党政権の悪夢」

政治2018年6月8日掲載

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与党一丸のヤジ

 5月30日、久しぶりに行われた党首討論で、枝野幸男・立憲民主党代表は「森友・加計問題」のみをテーマとした。首相は嘘つきだ、というのが枝野氏の一貫した主張のようだ。

 安倍首相、あるいは内閣の政権運営や国会対応に対して「傲慢だ」「嘘つきだ」といった批判を立憲民主党などの野党は繰り返している。しかしそのわりにその主張が共感を呼ばないのはなぜだろうか。

 揚げ足取りではなく対案を出すべきだよ、と考える人が多いのが理由の一つだろう。

 さらに、「自分たちはどうだったんだよ」とツッコミを入れる人がいることも理由にあげられるかもしれない。

 党名や所属政党がコロコロ変わっているので、当人たちは生まれ変わった気持ちになっているのだろうが、多くの国民にとって、民主党政権時代はそう遠い昔ではない。そして、その頃の彼らの振る舞いを覚えている人も少なからずいる。

 このあたりが、共感を呼ぶどころか「ブーメラン」と揶揄されるゆえんだろう。

 実際に、2009年、政権交代が実現し、民主党政権が誕生した頃はどのような光景が見られたのか。

 当時の当事者の記録をいくつか見てみよう。

 まずは石破茂代議士の記述。石破氏は、政権交代直後の予算委員会の異常さを著書の中で次のように描写していた。自身が鳩山由紀夫総理にマニフェストの実現性について問いただしたときのことである。

「委員会は、異様な雰囲気に包まれていました。議論で劣勢となると、民主党席はヤジの嵐でした。国会の討論にヤジはつきものですが、この時は、これまでに聞いたこともないようなすごいヤジが浴びせられました。テレビ中継ではマイクがあまり拾わないので伝わりづらかったかもしれませんが、私が何か言うと、『お前なんかにいわれたくない』、『そんなこと今さら言うな』など、単なる雑音のようなヤジが吹き荒れて、自分の声も聞こえないほどでした。

 これに対して、鳩山総理がほんわりとした、訳の分からない答弁をすると拍手の嵐です。どんな答弁をしても拍手喝采。

 政権交代直後の民主党の若い議員たちには、かなりの数、自分たちの立場に一種の陶酔感を覚え、ヤジをとばす人がいたように思います」(『国難 政治に幻想はいらない』より)

 安倍首相自らがヤジを飛ばしたことが批判の的になったことがあったが、与党が一丸となって野党にヤジを飛ばしていたのである。

尊大な官房長官

 現在の菅義偉官房長官の記者会見での対応に対しては批判的な声も多い。たしかに菅官房長官は素っ気ないコメントが多い。

 が、これも民主党政権時代、菅直人内閣の仙谷由人官房長官と比べたてみた場合、どうなのだろう。

 仙谷官房長官時代の有名な失態は、中国漁船による海上保安庁の巡視船への体当たり事件の処理を巡る不手際だが、それ以外にも尊大な姿勢が問題視されていたのだ。

 産経新聞記者の阿比留瑠比氏の著書『政権交代の悪夢』の中の、著者の怒りが凝縮されたような文章をそのまま引用してみよう。

「このころ、『陰の首相』と呼ばれていた仙谷ほど、その発言が物議を醸した官房長官をほかに知らない。誰彼かまわずかみつき、言わずもがなのことを言い、本来は敵ではなかったはずの相手を敵へと追いやった。

 菅内閣の外交は弱腰だと批判されると、女性のすんなりした腰つきを表す言葉を誤用して『“柳腰”というしたたかで強い腰の入れ方もある』と反論し、間違いを指摘されても訂正しない。

 自身も野党時代に『新聞報道によると』『週刊誌によると』と繰り返し質問していたにもかかわらず、野党議員が新聞報道に基づいて質問すると『この新聞記事は本当かどうかなんていう国会質問は聞いたことがない。最も拙劣な質問方法だ』と挑発する。

 民主党の公務員制度改革への姿勢に批判的な経済産業省の官僚が参考人として国会に呼ばれると、『上司として話すが、彼の将来に傷を付ける』と恫喝する。

 新聞社のカメラマンの国会内での正当な取材活動を『盗撮』呼ばわりする。記者団の問いかけには『下種の勘繰り』と言い放つ。

『質問に対して侮辱的な発言をする』(自民党幹事長の石原伸晃)

『出しゃばり、居直り、はぐらかし』(みんなの党代表の渡辺喜美)

『実に珍妙な詭弁を弄す』(公明党副代表の東順治)

 などと、ねじれ国会の下で法案を通し、政策を実現するためには一定の協力・協調が不可欠な野党を激怒させ、関係をこじらせた」

 記者に対して「下種」――麻生財務相も真っ青の放言が数多くあったのだ。

 ここからもわかるのは、民主党政権時代の国会運営もまた傲慢だ、という批判にさらされていたということ。

 マニフェストが実現できたかどうかといったこと以外にも、総括すべきことは数多くある。ブーメラン批判を避けたいのならば、その認識が必要なのである。

デイリー新潮編集部