来るか“東京からハワイへ3時間半”の未来(古市憲寿)

社会週刊新潮 2018年6月7日号掲載

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 楽しみにしている未来がある。超音速旅客機の再就航だ。超音速旅客機といえばコンコルドが有名だが、あまりの高コストや墜落事故の発生で2003年には退役に追い込まれてしまった。コンコルド時代は約3時間半で結ばれていたニューヨーク・ロンドン間も、今は約7時間かかる。人類は一度手に入れたはずのインフラを手放し、一時的に「退化」してしまったのだ。

 しかし今、様々な企業が超音速旅客機の開発に意欲を燃やしている。たとえばJALも出資するアメリカのBoom Technology社は、巡航速度マッハ2.2の旅客機を2020年代半ばに就航させることを目指す。

 もし実現すれば、東京からハワイは3時間半、サンフランシスコへも5時間半で行けるようになる。現在は領土上空での超音速飛行を禁止している国も多いが、それがクリアできればニューヨークやロンドンへも7時間かからずに行ける日が来るかも知れない。運賃はビジネスクラス並と言われていて、決して出せない金額ではない。

 世界が小さくなったと言われて随分経つが、19世紀初頭から起こったことに比べれば、この数十年の変化はあまりにも緩慢だった。

 1801年には、地球上に馬より速い乗り物はなかったが、1804年には蒸気機関車が発明され、1825年には鉄道が開通している。

 1899年に自動車の最高速度が初めて時速100kmを記録したと思ったら、1932年には時速400kmを超える車が生まれている。

 身近な例でいえば、東京・大阪間は1930年代には8時間20分、1958年になっても6時間50分かかっていた。それが東海道新幹線の開通によって1964年には4時間、1965年には3時間10分にまで短縮される。

 当時の人々は、物理的な距離が問題にならない時代が来ると考えていたらしい。たとえば高度成長期以降、都市の郊外にはたくさんのニュータウンが生まれた。その発想の根幹には、交通網の高速化によって通勤時間が劇的に短縮されるという期待があったという。

 1960年に発行された科学技術庁編の未来予測『21世紀への階段』では、時速300kmのモノレールが日本中をくまなく結んでいたり、時速450kmの無輪自動車なるものが普及すると予測されている。ヘリコプターのタクシー「ヘリタク」なんてものも書かれていた。

 しかし実際に訪れた21世紀に待っていたのは、相変わらず混雑した通勤列車と、大して速くない上に揺れが気持ち悪い羽田空港へのモノレールだった。不便なニュータウンは若者が住みたがらず、高齢化が進む。

 物理的な移動時間ではなく、インターネットの普及で世界は小さくなった。しかしネットも普及した今度こそ、物理的な世界の移動がもっと楽になるのだろうか。テスラの創業者イーロン・マスクは最高時速1287kmの超音速列車ハイパーループを計画中だが、本業のテスラは最近過去最大の赤字を計上している。残念ながら、手放しで未来に期待できそうにはない。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。