「3つの家庭」を持っていた田中角栄 女性に恨まれない“モテる秘訣”とは

政治週刊新潮 2018年5月17日号掲載

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 田中角栄元総理が新潟県で生まれたのは1918年のことで、今年は生誕100年に当たる。今太閤、闇将軍、金権政治家。様々な顔を持つ角栄には「金と女」に関し、独特の流儀があった。そして、そこにこそ、多くの人が彼に魅了される理由が隠されていたのだ。

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 特筆すべきは、角栄はただ金を配って恩を売るだけではなく、相手の心まで鷲掴みにしてしまうことがままあったという点である。

 政治評論家の小林吉弥氏が語る。

「田中派のある若手議員が、女との不始末の清算でどうしても100万円の現金が必要になった。しかし自分ではすぐにそろえられず、角栄に電話して借金を申し込んだところ、彼は話を半分まで聞いたところで“分かった。金はすぐに届けさせる”と応じたそうです」

 30分ほどで秘書が紙袋を届けに来た。開けると、そこには本人が申し込んだ額の3倍の300万円の現金が入っていた。

「角栄によるメモも添えられており、こう書かれていた。“一、まず100万円でケリを付けろ。二、次の100万円はお前の不始末で苦労した周りの人にうまいものでも食わせてやれ。三、次の100万円は万一の時にとっておけ。四、300万円全額の返済は無用である。”若手議員は涙しながらそのメモを読んだと言います」(同)

 その“情”に感服した若手議員は角栄に殉ずると決心し、実際、最後まで彼を支え続けた。こうした人づき合いの方法は女性に関しても同様であった。

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