韓国のミスリードによって、北朝鮮「非核化」の“誤解”が生まれた 李相哲氏が解説

国際新潮45 2018年5月号掲載

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 3月8日、トランプ米大統領が、北朝鮮の金正恩との首脳会談に応じることを明かした。実現すれば、史上初の米朝首脳会談となる、日本にも大きな影響を与えることになるだろう。
 朝鮮半島の非核化が争点の1つとなる米朝会談。それに先立ち行われた日米首脳会談で、トランプ大統領は、拉致問題についても米朝会談で取り上げることを明言した。
 一方、金正恩は3月末に電撃的に中国を訪れ、習近平と首脳会談を行った。また、4月27日には文在寅韓国大統領との会談も控えている。

 北朝鮮の外交活動が活発さを増している中、龍谷大学教授の李相哲氏は、「新潮45」2018年5月号で、「北朝鮮が核を放棄するというような誤解が生まれているが、それは韓国のミスリードによるものだ」と解説する。(以下、【特集】「北朝鮮『和平』のまやかし」内、「『非核化』は米朝韓の同床異夢」(李相哲)より抜粋)

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誤解された「非核化」

 今年の新年の辞で金正恩は、

「去年、われわれが成し遂げた最大の成果は核武力を完成したことだ。(中略)その間、数回にわたり大陸間弾道ロケット発射実験を安全かつ透明におこない確固たる成功を全世界に証明した」
 と宣言した。北朝鮮は核も大陸間弾道ミサイルも完成したという意味だ。

 ところが、それから2カ月後、金正恩は平壌を訪れた文在寅韓国大統領の特使団を前に「非核化」を口にした(特使団の伝言)とされる。果たして、金正恩は本当に核を捨てるつもりなのかと首をかしげる専門家が多かったが、案の定、核を手放すつもりがさらさらないことはすぐ確認された。

 北京を訪れ、習近平に会った金正恩は3月27日の首脳会談の席上、次のように発言した。
「金日成主席と金正日委員長の遺訓に従い、朝鮮半島の非核化実現に力を入れるのは我々の終始一貫した立場だ」
「韓国と米国が善意でわれわれの努力に応じ、平和で安定的な雰囲気を助成し平和実現のための段階的な措置をとれば朝鮮半島非核化問題は解決することができるだろう」(3月28日、中央電視台=CCTVニュース)
 その言葉通り、金正恩は「北朝鮮の終始一貫した立場」を表明しただけだ。非核化の用意はあるが、それは「朝鮮半島の非核化」であり、米韓が善意の措置をとってくれるなら核問題は解決するだろうと言っているのだ。

 ところが、いま、金正恩があたかも核を放棄することを考えているかのような「誤解」が生れつつある。その原因をつくったのは、3月5日、文在寅韓国大統領の特使として金正恩と面談した鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長だ。

 金正恩は、韓国特使団との面談で、
「韓半島非核化の意志を明確にし、北韓(北朝鮮)に対する軍事的な脅威が解消され、体制安全が保障されるなら核を保有する理由はない」
 と言ったとされる。
 
 鄭義溶はこの言葉を引き合いに、金正恩は「非核化」の意志を明確に持っていると断言した。しかも(非核化の代わりに)米国や韓国に、
「何かを求めようとするわけではない。対話相手として真摯に待遇してほしいだけだ」(3月6日付「京郷新聞」)
 と前提条件すら付けなかったかのように説明した。だが、金正恩が習近平に会って話した内容と比べると辻妻が合わない。

 中朝首脳会談で金正恩は米韓が善意の措置をとれば、北朝鮮は段階的にそれ相応の措置をとると発言したのだ。金正恩が韓国と中国に異なる意味のことを言ったのか、それとも韓国特使団が解釈を間違ったのかについてはいまのところ確認しようがない。

 平壌から戻ったあとその足でホワイトハウスを訪ねた鄭義溶は、トランプ大統領にはこう告げたとされる。
「金正恩は核プログラム放棄をめぐりアメリカとの対話を願っている。それは“率直で真摯な気持ち”だと信じている」
「トランプ大統領が金正恩と首脳会談をすれば(核問題は)歴史的な妥結になる」
 鄭の話を聞いていたトランプ大統領は、即座に「よかろう、(金正恩に)会おう。4月はどうだ」と応じたという。(中略)

北朝鮮以上に不誠実な国家はない

 トランプ大統領が北朝鮮の首脳会談提案を受諾したのは韓国の特使団がホワイトハウスを訪ねて45分後だった。金正恩が本当に核を放棄する意志があるのかを検証せず、北朝鮮がなんら行動もとっていない段階で首脳会談の受け入れを表明したことについては、いまだに批判があるが、それはトランプ大統領一流の「罠」だった可能性が高い。

 アメリカの時事、政治、外交問題に関する記事では定評のある老舗雑誌、「ジ・アトランティック(The Atlantic)」によれば、韓国特使団がホワイトハウスを訪ねる前の3月7日、トランプ大統領はネオコン(アメリカの新保守主義)の代表的な人物とされるジョン・ロバート・ボルトン元アメリカ国連大使に会い3時間以上も話し込んだ。その場でボルトンは、北朝鮮から会談の提案があった場合、すぐ受け入れるべきと助言したとされる。

 トランプ大統領が会談に応じることにした直後の3月10日、ボルトンは、
「会談要請は、核開発が終わり段階に来ている北朝鮮の時間稼ぎだ」
 と話した。
 2人は、金正恩を会談の場に引きずりだし、核をどうするかについて決断を迫るつもりだったのだろう。北朝鮮との核交渉は25年以上も続いており、もはや時間がないことにも認識を共有したとみられる。(中略)

 米国務省スポークスマンは、
「われわれは3代にわたる金一族と対話を交わしたが、信頼を交わしたことはない。北朝鮮以上に不誠実な国家はない」
 と話し合いにはかなり懐疑的だ。
 アメリカはすでに話し合いの失敗にそなえているという情報もある。3月中旬以降、国家安全保障会議(NSC)は対北朝鮮制裁を担当する専門家を3名をスカウトした。

 トランプ大統領がかつて言ったように「金正恩は生まれて初めて厳しいテストを受けている」のだろう。

 米朝首脳会談が実現すれば、金正恩は真実を口にしなければならない。トランプ大統領も北朝鮮問題をどうするかの決断を下す必要がある。運命の瞬間は刻々と迫っているのではないか。

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 全文は発売中の「新潮45」5月号に掲載。金正恩の電撃訪中の真意や、米朝会談に向けたアメリカと北朝鮮それぞれの思惑などを、10ページにわたり詳しく解説する。また、同特集では、「日本への最悪のシナリオは『核凍結』」(川上高司)、「拉致被害者2名『生存』情報と野放し実行犯の名前」(福田ますみ)など、北朝鮮関連の記事を併せて掲載している。

李相哲(り・そうてつ)龍谷大学教授 
1959年中国東北地方生まれ。両親は朝鮮半島慶尚道出身。北京中央民族大学卒。黒竜江日報記者を経て、上智大学に留学。同大学院で博士(新聞学)。著書に『金正日と金正恩の正体』『金正日秘録』など。