豊臣秀吉一世一代の「すごいプレゼン」に学べ! 勝負ポイントを変え、一瞬で納得させるテクニック

ビジネス2018年3月13日掲載

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 相手の心を動かし、その気にさせるには、いかに上手に魅力的な提案ができるのかにかかっている。いわゆる「プレゼン術」はビジネスの現場でも就活でも、はたまた婚活においても目的を達成するための大事な技術だ。それは何も今に始まったことではない。「先人の知恵」という言葉が示すとおり、歴史上の有名人たちも、様々な局面でプレゼンを繰り広げてきた。数ある有名人の中から今回は、知略の冴えわたった「人たらし」の名人・豊臣秀吉から、プレゼンのヒントを学ぼう。舞台は信長が本能寺の変で落ちた後に、後継者を決めるために行われた清洲会議。織田家内部の勢力図が大きく変わるターニングポイントとなった出来事でもある。

 清洲会議をのぞく前に、まずはプレゼンでは何が重要なのかを整理しておこう。数々のプレゼンを勝ち抜いてきたCMプランナー林寧彦氏によれば「クライアント企業への提案を日常業務として行なっている広告会社では、ふつう次の4つの要素でプレゼンを構成する。1冒頭で、判断のモノサシを提示 2現状の問題点とチャンスを提示 3今回取り組むべき課題の提示 4具体的な解決策の提示」だという。

 では、その視点から清洲会議をとらえ、勝家と秀吉のプレゼン合戦の様子をみてみよう。(以下は林氏の著書『歴史を動かしたプレゼン』をもとにしている)

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 織田信長の後継候補として可能性があるのは、以下の4人だ。
(1)信雄(25歳)=信長の二男。正室の子だが、出来が悪く「評判のダメ坊ちゃん」。
(2)信孝(25歳)=信長の三男。側室の子ゆえに、プライドが高く横柄。馬術に優れる
(3)於次丸(15歳)=信長の四男として生まれ、子供のいない秀吉が養子にもらった。
(4)三法師(3歳)=信長の孫。長男・信忠(本能寺の変で自刃)の長男。

 ちなみに、後継者として下馬評にあがっていた候補は、年齢などの関係から、信雄と信孝であった。

柴田勝家は正論で攻めた

 柴田勝家は次のように考えたと思われる。4人の中で、織田家の難局を乗り切れる器量があるのは、側室の子ではあるが三男・信孝しかいない。 勝家は、信長の後継者として三男・信孝を提案することに決めた。他の候補者と差別化できるポイントは次の3つ。
1有能さ
2織田家中を束ねる器量
3山崎の戦いに織田家の旗印として参加している

 では、勝家のプレゼンの実際をのぞいてみよう(『川角太閤記』をもとに再現)。

「上様御父子のことは、もはや元には戻らず残念なことである。かくなるうえは、立派な天下人を定め、新しい上様として仰ぎ奉ろう。信孝様が良いと考える。年齢、評判、利発さ、どれを取っても申し分ない」

 短いし、何の工夫もないように思うかもしれないが、じつは、ここにいくつものテクニックが駆使されている。先に示した4段階の構成法からチェックしてみると、「天下人」というモノサシの提示、信長・信忠という織田家の柱を失ったが、新しい上様を戴くことで、結束を固めて天下を狙うことができるというチャンスの提示、天下人としてふさわしい上様を決めるという課題の提示、そして、年齢、評判、利発さから判断して信孝様が良いという解決策の提示がなされている。

 簡潔ではあるが、悪くないプレゼンだったと思う。しかし「皆に異存なければ……」と勝家が言いかけたとき、秀吉が小首をかしげながら愛嬌のある顔で発言を始めた。

幼児を擁立した秀吉

「勝家様のお考え、なるほどと思います。しかしながら、跡継ぎとしての筋目(道理、すじみち)を立てられるなら、ご嫡男が理に適っているのではないでしょうか。つまり、信忠様に若君がいらっしゃるうえは、三法師様を採用されるのが当然と考えます。まだご幼少であるとはいえ、ご一門の勝家様をはじめとする家臣の者たちがこころをひとつにすれば、ご幼少であることは不都合なことではありません。筋目さえキチンとお立てになれば、天下万民が敬いましょう。私としてはそのように考えます」

 秀吉が競合プレゼンに持ち込んで提案したのは、まだ3歳の三法師だった。秀吉のプレゼンを、例によって4段階の構成法でチェックする。
(1)冒頭で、判断のモノサシを提示
 跡継ぎとしての筋目を立てて選ぶべきだ。
(2)現状の問題点とチャンスを提示
 織田家中の危機ではあるが、筋目の立った跡継ぎならば、天下万民が敬ってくれる。
(3)今回取り組むべき課題の提示
 筋目の立った跡継ぎを立てて、勝家をはじめとする家臣みんなで盛りたててゆく。
(4)具体的な解決策の提示
 信長の孫(長男の長男)である三法師を後継者にする。

三法師案を出した秀吉の狙いは何か?

 三法師案の狙いは何なのか。清洲会議に臨む秀吉のスタンスを確認しておこう。
(1)この会議は、織田家の主導権をめぐる勝家との合戦である。
(2)信長がいたからこその出世だった。「信孝+勝家」体制ができあがれば、邪魔な自分は早々に討たれる運命だ。

 ではプレゼン案を誰で行くべきか。
(1)信雄を立てるのはどうか?
 信雄は正室の子である点で、生まれから言えば信孝よりも後継者にふさわしい。しかし、信雄を立てれば、「信孝+勝家」対「信雄+秀吉」で合戦になる。信雄があのていたらくでは、味方が集まらない。勝てる見込みのない戦はすべきでない。
(2)信長の四子で、養子にもらった於次丸はどうか?
 まだ15歳。しかも、織田家乗っ取りが露骨すぎて支持が得られない。
(3)信長の孫の三法師はどうか?
 7年前、信長は長男・信忠に家督を譲っている。その信忠のひとり息子の三法師なら、3歳であろうが家督相続する正当な理由がある。

「織田家の正当な家督相続者」である幼児を、「信長の後継者」として皆に納得させるにはどうするか。「筋目を立てる」というモノサシはどうだ。

 知略の天才、秀吉のアタマは一瞬にして三法師案をたたき出しただろう。自分に有利なモノサシが適用される合戦場を用意して、そこに相手を引きずりだして戦う。広告戦略でもよく使われる方法だ。秀吉の「筋目を立てる」という合戦場は、ひところの「ビール戦争」に似ている。「うまいビールはどれだ」に対して、「いちばん鮮度のいいビールはどれだ」という合戦場をつくったアサヒビール。うまいと感じるかどうかは個人の好みだが、鮮度は数値で測れる客観的な評価で納得が得やすい。
 柴田勝家の信孝案は、「うまいビール」と同じ合戦場のつくり方だ。年齢、評判、利発さ、どれを取ってみても、「天下人はやっぱり信孝様」という売り方。それに対して秀吉のアプローチは「筋目で選べば、三法師様だけ」。納得を得やすいプレゼンになる。

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 さて、プレゼンの結果は歴史が示すとおり。秀吉の推した「三法師案」が採用。その結果、秀吉は織田家の重臣筆頭となり、それを足がかりに、その後天下統一を成し遂げることとなる。一方の勝家は影響力を大きく失い、清洲会議11カ月後、秀吉との賤ヶ岳の戦いに破れ、自害した。

 清洲会議の「プレゼン」により、まさに生死が分かれた秀吉と勝家。もちろん現代に、生死を左右するほどの「プレゼン」はないとは思うが、先人の知恵をヒントに、日々の「プレゼン」戦線に挑んでみてはどうだろうか。

デイリー新潮編集部