「働く女性は同僚男性に母乳を5口飲ませよ」──驚きの「イスラム教の論理」を解剖する(2)

国際2018年3月1日掲載

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 イスラム教の論理は、西側の論理とは根本的に成り立ちが違っている。前回の記事では、イスラム国のイスラム教解釈は「正しい」こと、「ならず者が洗脳されて自爆テロに走る」という理解が間違っていることなどを記したが、西側社会とは根本的に異なるイスラムのロジックを描いた飯山陽(あかり)氏の著書『イスラム教の論理』によれば、性道徳や女性に対する見方も西側とは根本的に違っている。

スンナ派最高権威の大学教授の大まじめな言説

 イスラム教徒はコーランの教えを「文字通りに実践する」ことを義務づけられている。とはいえ、啓示を受けた指導者に率いられた、7世紀の戦闘集団の倫理とも言えるイスラム教を「文字通りに実践する」と、いろいろと不都合が生じてしまう。

 そこで、コーランの教えを現代社会の現実にうまく適合させることが、イスラム法学者の役割となる。

 イスラム法は、「結婚できる関係性にある男女」が、閉ざされた空間に2人きりでいることを禁じている。その論拠はコーラン第33章53節「あなたがたが、かの女らに何ごとでも尋ねる時は、必ず帳の後からにしなさい。その方があなたがたの心、またかの女らの心にとって一番汚れがない」や、「自分が結婚できる関係性にある女と2人きりになってはいけない。そうすれば悪魔がそこにいる3番目の者となろう」という預言者ムハンマドの言葉とされる。

 なぜ禁じられるかというと、男性の性欲が刺激され、姦通の可能性が生じるからである。

 しかし、女性の社会進出が進んだ現在、職場で男女が2人で過ごすような状況が生じるのは普通のことである。この現実と、イスラム法の教えをどう突き合わせるか。飯山氏の『イスラム教の論理』によると、2007年、それを問われたイスラム教スンナ派の世界最大規模の研究・教育機構であるアズハル大学の教授イッザトゥ・アティーヤは、

「女性が同僚男性に自分の母乳を5口飲ませればよい」

 と回答し、大論争を巻き起こしたという。

 あまりにも荒唐無稽に思えるが、これは大まじめな言説で、その根拠はコーランとハディース(預言者ムハンマドの言行録)に求められる。

 コーラン第4章23節に「男はその乳母と結婚することはできない」と明示されていること、またムハンマドが「女が男に5口、あるいは10口自身の母乳を飲ませれば、両者は結婚できない関係になる」と述べたと伝えられているのが、その根拠だ。

 婚姻外の性交渉を徹底的に忌避するイスラム教は、時にこのような不思議な論理を繰り出す。

レイプの被害者は「姦通」で鞭打ちされる

 性道徳を巡る、西側の論理では想像もできないイスラム教の論理は他にもある。

 現代のイスラム諸国では、しばしばレイプの被害者が逆に鞭打ちなどの厳しい刑罰を受けている。その根拠になるのは、未婚者が姦通を犯した場合、コーランに「姦通した女と男はそれぞれ100回鞭打て」(第24章2節)と記されていることだ。既婚者の場合は石打ち刑、つまり受刑者が死ぬまで石を投げつけるという死刑が処される。

 レイプの被害者が被害を申告した場合、それは「姦通の自己申告」と見なされることがあるのだ。また、レイプ加害者が被害者女性と結婚すれば、レイプの罪を免れるという法規定も存在する。さすがにこの法規定は問題視され、レバノン、ヨルダン、チュニジアなどでは近年、廃止されている。

 イスラム法ではレイプも姦通として扱われるが、姦通は極刑に処される重罪のため、その成立をできるだけ避けるための仕組みが法体系の中に組み込まれている。そのひとつが、「類似性の法理」によって姦通罪の成立を避ける仕組みなのだが、レイプ加害者と結婚させられる被害者はたまったものではないだろう。

 自由に恋愛を楽しむことが許されない社会、我々が「不倫」という軽い言葉で語っている行為が極刑に処せられる社会が、この世界には存在するのだ。飯山氏の著書は、18億の人口を擁するその社会と、日本も否応なく共存していかねばならない現実を冷徹に伝えている。

デイリー新潮編集部