“英語より韓国語、中国語教育を!” 子に自虐史観を植え付ける「日教組」集会レポート

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 日教組最大のイベント、教研集会。さながら全国の授業の見本市だが、並べられていたのは、今年も自虐史観をはじめ、教師たちの主義主張の押しつけだった。そのうえ、守るは子どもたちより、労働者の権利だと叫ぶのだから……。

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 日教組の組織率は40年続けて下がり、一昨年秋の時点で23・6%と、今にも消え入りそうだ。もっとも三重、福井、神奈川、新潟、山梨など組織率が優に5割を超える都道府県も少なくないから、影響力はなお無視できないが、恐るべきはその一貫性である。

 今月2日から4日、静岡県で開催された第67次教育研究全国集会(教研集会)では、約1万人の教員が日ごろの教育実践を発表した。そのスローガンは〈平和を守り、真実をつらぬく民主教育の確立〉。

 1952年に日教組が基本姿勢を定めた「教師の倫理綱領」には、〈教師は平和を守る〉〈教師は科学的真理に立って行動する〉〈教師は正しい政治を求める〉等の文言が並び、今年の主題とほぼ変わらない。

 六十数年にわたり、同じ言葉を後生大事に奉じる頑迷固陋な姿勢はご立派だが、もっと気になるのは、安易に〈科学的真理〉〈真実〉といった言葉を使っていることだ。世界的にダイバーシティすなわち多様性が求められていることは措いても、なにが「真理」「真実」で「正しい」のかは、子どもたちが探究すべきことで、教師の見解を押しつけていいはずがない。ところが日教組の教師たちは、いつもあらかじめ答えを用意しているのである。

 たとえば、2日午後に行われた「日本語教育」の分科会では、教諭たちをサポートする「つづり方教育研究会」の共同研究者が、

「言葉は戦いの武器になるから、権力にとってはとても邪魔な存在」

 と持論を展開。強制されたテーマに対する「概念砕き」の必要性を説くと、福岡県の中学校の女性教諭が、戦中の世相を描いた「馬糞拾い」という詩を題材にした「平和教育」の実践について発表した。

 なぜ「つづり方・作文教育」の討議の場で「平和教育」なのかはともかく、

「安倍政権には、さまざまな法改正によって憲法を変えようとしている動きがあります」

 と前講釈。生徒たちに詩を読ませたうえで、

「大きな馬糞を拾った子どもがお国のために役立つと先生に教えられたから、生徒は一生懸命に馬糞を拾った、という答えを期待したわけです。もっとも読んだ生徒たちは、お腹が空いていたので馬糞拾いのご褒美のお芋が目当てだったという感想が多くて」

 と無念を述べた。しかし子どもは単純なもの。戦中であろうと、ご褒美ほしさで行動した子は多かったのではないか。ところが、この教諭の下では、国家の思想統制の犠牲になった、という視点がなければ評価されないわけだ。

 では、当の「平和教育」の分科会はどうか。3日午前、長崎県の小学校の教諭が4年生の授業の成果を発表すると、他県の教諭から「永井隆博士の精神はどう生かされているのか」という質問が飛んだ。長崎医大の医局員として被爆し、数年後に白血病で亡くなった永井氏は、「この子を残して」という著作が加藤剛主演で映画化されている。

 だが、この教諭は、

「永井博士は戦争中は軍服を着ていたとのことでしたので、触れていません」

 日中戦争に軍医中尉として出征経験もある永井氏に触れるのは、平和教育の趣旨に沿わないらしい。要は治安維持法下で戦争に反対し、特高の拷問を受けたような人物以外は、生徒に伝えるにふさわしくない、ということのようだ。

 むろん「社会科教育」の分科会では、お決まりのテーマも飛び出す。3日午後、広島県の小学校教諭が発表した近現代史学習は、

「平和学習を通じて、戦争がもたらしたものについて考え、自分ができることを考える実践」

 というもの。日本軍の中国大陸における「加害」状況を、中国側の資料にもとづいて教えるという、なんとも大胆かつ自虐的な内容であった。この人によれば尖閣諸島についても、争いのタネになるから、「日本は領有権の正当性を主張しないほうがいい」という結論に達するのである。

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