北朝鮮の「美人団長」 過去には“銃殺”報道も…

韓国・北朝鮮週刊新潮 2018年2月1日号掲載

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 北朝鮮が美女応援団とともに韓国に派遣するのが、「三池淵(サムジヨン)管弦楽団」である。

 急遽、平昌五輪のために結成され、そのメンバーの内訳はオーケストラ80人、歌や踊りを担当するのが60人。首都ソウルと競技会場のある江陵(カンヌン)で公演を行う予定だという。

 その楽団を率いる玄松月(ヒョンソンウォル)団長(45)は、先遣隊トップとして南北実務者協議にも臨んでいる。

 現地特派員によれば、

「1月15日、玄団長は北朝鮮側代表団4人のうちの次席代表として、南北実務者協議のテーブルに着きました。ところが、ランクが上のはずの首席代表が、韓国側代表団と握手を交わそうとしたとき、彼女に了解を求めるような仕草を見せた。そこで、誰が一番の実力者であるかがわかったというわけです」

 一体、玄団長とはどのような人物なのか。

 龍谷大学の李相哲教授によれば、

「金正日総書記の3番目の妻で、正恩の母親である高英姫の母校、平壌音楽舞踊大学を卒業していると言われています。その後、彼女は、正日の肝煎りで1985年に結成された普天堡(ポチョンボ)電子楽団の歌手として活躍するようになりました」

 90年代初めには来日公演も果たし、小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」を日本語で披露したという。そして、03年、北朝鮮で「駿馬の処女」という歌が大ヒットし、一躍、トップスターの座に登り詰めた。

「当時、玄団長には交際するボーイフレンドがいたものの、正恩が奪ったという説が流れたこともありました。普天堡電子楽団は、正日の死後、後継者となった正恩の発案で、12年に牡丹峰(モランボン)楽団に名称を変え、彼女がその団長に就いた。ところが、翌年、ポルノ映像の制作販売に関わったとして、正恩の逆鱗に触れ、公開銃殺刑に処されたと韓国メディアに報じられたのです」(同)

 しかし、結局、それは誤報だと判明し、14年に開催された全国芸術人大会に颯爽と軍服姿で登場したのだ。

「彼女は、その後も着々と出世し、昨年10月には、党中央委員会の候補委員に選出されました。さらに、つい最近、宣伝扇動部の副部長に任命されたと言われている。その前任者は、正恩の妹、金与正(ヨジョン)組織指導部第1部部長です。いかに、正恩に重用されているかがわかろうというものです」(同)

 美貌と権力を兼ね備えた玄団長に、韓国男性は骨抜きにされる!?

特集「『平昌五輪』の妖花 北朝鮮『美女応援団』に5つの謎」より