「がんの告知」は本当に患者のためになるのか? 臨床医の語る経験的「告知論」

社会

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 患者にがんの告知をすることは、今や一種の「常識」となっている。有名人が会見やブログなどでがんを告白することも珍しくない。

 患者自身が自らの病気を正しく知り、治療法などを自ら選択する、それが患者にとって一番大切だ――というのが、告知の前提となる考え方だろう。

 しかし、理屈としては告知するのが正しいのかもしれないが、「自分の身内に告知するのは抵抗がある」「自分自身には告知して欲しくない」という気持ちの人もいるのではないだろうか。

 現場の医師はどのように考えているのか。日本赤十字社医療センターの化学療法科部長、里見清一氏は、新書『医者と患者のコミュニケーション論』で、次のように述べている(以下、同書より)。

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■「告知」はアメリカからやってきた

 癌の患者さんに病名告知を行うのは、今となってはごく当たり前になってしまったようである。

 以前は、「本人に癌だなんて言うなんてとんでもない、信じられない」という見解が一般的であった。これはついこの間までそうだったから、読者諸賢にも覚えがおありだろう。

私は、比較的早くから病名告知を行って来た医者の一人で、その経緯の一部は本文にも書いたが、ずいぶんと抵抗も強かった。田舎者である私の母は、「お前は人非人か」と言わんばかりに私を非難していた。

 世の中の出来事は大抵そうだが、アメリカでは、一足先に癌の告知がされるようになっていた。しかしそれは建国以来の伝統なんてことではない。これに関しては非常に有名な報告論文があって、1961年にはアメリカ人の医者で癌の告知を「しない」のが88%、それが1977年には「する」方が98%と完全に逆転したということである(Novack DH, et al. JAMA 1979; 241: 897)。

この理由について詳細に述べ始めると長くなるのでやめるが、1977年の調査に回答した医者は「社会の変化」を第一の原因に挙げているそうである。

 ちなみに、「どうして先生は告知をする(もしくはしない)のか」、と聞かれて、1961年の「しない」医者も、1977年の「する」医者も、「臨床での経験から」、というのが一番多かったそうである。もう一つ、1977年では、「大学でそう教わったから、病院でそうトレーニングを受けたから」という回答もかなりあったが、1961年ではそういう答はほとんどなかった。

つまりは、1961年当時、医者は「自分の経験」から告げない方が良いと考えていたのだが、1977年になると、すでに告知は「するのが正しい」と「教えられ」ており、また医者自身の経験でもこれに違和感がなかった、ということである。よってこの間に、病名告知が「当たり前」になるという変化が起こっていたのである。

■本人に言うなんてとんでもない!

 日本で癌の告知が一般化したのがいつ頃だったのか、正確に示す報告資料は手元にないが、私自身の経験からいえば1990年代であったはずである。

 1990年、私が横浜の市中病院で、上司の部長とともに肺癌の病名告知を始めた時は、院内はもとより、他の研究病院からも好奇の目で見られた。

 当時すでに、「アメリカでは一般的」だったのであるから、日本でも早晩そうなるだろう、ということは誰もが予想していた。だけど実際にはどうやればいいのか。人がやっていないことをおそるおそる始めるのは、それなりにスリリングであった。

なんとかうまくいった最大の要因は、その病院での呼吸器科の面子が、私と部長の「確信犯二人だけ」だったからだろう。大所帯でいっぺんに、もしくは五月雨式に始めていたら、問題が噴出して事なかれ主義の役人(私のいた市立病院の事務職は市の人事の一環であり、みな市役所から「出向」していた)に潰されていたかも知れない。

 数年の間は、私達と同じく、日本中で試行錯誤していたようである。一例を挙げると、がんセンターに勤務していたG先生がある東京都下の私立大学の外科教授に転出されたのは1993年のことである。赴任早々、G先生は60代の女性の患者を診察した。一人で受診したその婦人は明らかな胃癌であり、紹介医は本人に何も言っていなかったが、患者はそのことに薄々気がついていた。G先生が聞いてみると、本人はある大きな病院の看護部長まで勤め上げた立派なナースだったそうだ。

 患者は、「自分の病気のことを知りたい」とG先生に訴えた。G先生は、懇切丁寧に病気のこと、治療のこと、今後のことを説明し、患者は先生に感謝して帰宅した。

 次の日、患者の息子という男が病院に怒鳴り込んで来て、「ここの病院は患者に癌だなんて言うのか!」と、窓口でわめいたそうだ。話は病院長にまで伝わり、へっぴり腰の病院長は「なにせG先生は赴任して間もない、まだ若輩の教授でして……」と謝罪した。「この患者に、あの状況で、本当のことを告げるのは当然のこと」と反論しようとしたG先生は後ろから口を塞がれたという。

■「オブラートにくるんで伝えて欲しい」

 数年後。私ががんセンターに医員として就職したのは1996年であるが、その年に「告知」に関するシンポジウムが開かれたと記憶している。登壇して喋る医者どもはみんな、「告知は必要だ」「私はこう告知する」という話ばっかりで、聴講していたがんセンター名誉総長のS先生が、「誰か一人くらい、癌は隠すべきだ、自分は言わない、という奴はいないのか。俺はそういう主張も聞きたい」とぼやいていた。私らがおっかなびっくり始めてからでもたった6年、G先生の大学で病院長が「告知は若気の至り」と言い放ってからわずか3年、アメリカと同じ、もしくはそれ以上のきわめて短期間のうちに、状況は一変していたのである。

 実は、「本人に言うなんてとんでもない」の時代から移って、告知そのものは一般的になった頃、家族からの苦情としては「本人に告げるのに、あの言い方はないだろう」というものが結構あった。そしてその中身は、「オブラートに包んで、やさしく、なるべく本人に衝撃を与えないように、深刻には言わないで欲しい」、とか、「癌だと告げるにしても、治ると言って欲しい」などというような、要するに「病名自体は仕方がないが、内容ではウソをついてくれ」というものが多かった。

 インターネットその他の情報の氾濫で、なかなかそういう「内容でウソを言う」ことも難しくなってきた。また患者の自己決定権を尊重するなんて建前論からすると、真実を分かってもらわないと正しい決定に導くこともできない。そんな事情から、この手の苦情も少なくなって来た。かくして、大手を振って「事実の告知」がされるようになったのである。今は誰もそのこと自体に異論を唱えない。かつて私を人非人扱いした私の母でさえ、「社会の変化」はそういうものだと承服したようである。

 しからば、情報の壁が取り除かれて、患者と医者の間のコミュニケーションは円滑になったか、というと、ぜんぜんそうはなっていないのである。

■「○○のために」は裏目に出る

 最近、復刻された文春文庫『「常識」の研究』(山本七平著)を読んだら、このような話が書かれていた。戦後アメリカでは、人々はみな、平和・人道・博愛・反戦・人権・差別撤廃・最低賃金制の確立そして社会福祉の充実など、立派なスローガンを口にし、実際にその一つ一つが達成されたのに、全体としてアメリカ社会は悪化の一途を辿っている。社会を良くしようという努力がすべて裏目に出て、そのたびに社会が崩壊していったとしか結論できない。

 これは、少なくとも建前上は「患者のためを思って」、「患者の権利のために」やってきた一連のことが、ちっとも患者の利益になっていないのではないか、という我々の状況と似通っていると、私には思えてならない。

 考えてみれば、昭和の時代、癌の病名を隠すのだって、医者は「患者のためを思って」そうしていたのである。その時の患者と今の患者が、どこがどう違うというのだろう。同じ患者に対して、180度違うアプローチをすれば、どこかに軋みが出て来て当然である。

それは「社会の変化」のためだから、しかも「良い方への」変化なのだから、全体として良い方へ向うのだ。そんな考え方は、やはりどこか、前提からして間違っているのではないだろうか。

 以前、病名を隠していたとき、医者はそれを後ろめたく思っていたはずである。もしくはそう思わなければいけなかったはずである。

■医者が傲慢になる時

 そうでなくて、「隠すのが当然、それが患者のためだ」と考えていれば、医者は傲慢になる。患者を同じ人間として見なかったという批判がもし当っているのであれば、それは「患者のために、自分たちは良いことをしている」という信念が元凶ではなかったか。私は実際に当時の医者が「良いことをしていた」かどうかを疑問視しているのではない。「当然そうしている」という思い込みが悪かったのではないかと言っているのである。

 同じことで、病名を告げる場合でも、それを「事実を隠さず告げるのは患者のためである、患者の人権を尊重しているのである」と当然視すると、我々は傲慢になる。あとは昔と同じような失敗の道が続くだけだろう。本書を含め、私は自分の書いたものに何度も引用したが、曽野綾子さんがおっしゃるように、まことに、後ろめたさは大事である。

 社会は変化しても、人間の心理もしくは中身はそうそう変化しない。私は、それを「人情」と呼んで来た。人情は変わらない。数百年スパンなら変わるかもしれないが、日本で癌の告知が一般化するようになった10年弱の間くらいだったら、ほぼ同じであって当たり前である。「社会の変化」に囚われたり、言訳にしたりするのはやめようではないか。

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 命がかかわる問題であり、患者もそれぞれ事情があるだけに「告知すべき」「告知は残酷」といった単純な結論を出せるものではない。

 少なくとも「それが社会の流れだから」という理由のみで機械的に判断するような医師には診て欲しくない、と感じる人も多いのではないだろうか。

 患者とわかりあうとはどういうことか。この問題を長年考えてきた里見氏は、『医者と患者のコミュニケーション論』で、綺麗ごとや建前を排した、実践的なコミュニケーション論を展開している。

デイリー新潮編集部