北朝鮮の「お尋ね船」を釈放… 日本のお粗末な制裁に元「国連捜査官」が警告

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「お尋ね船」を釈放

 15年3月10日、国連制裁対象企業である北朝鮮の海運会社「OMM」の貨物船「ヒチョン号」が鳥取県境港の沖合、美保湾内の海岸からわずか5キロほどの場所に停泊していた。国連制裁を逃れるため、前年に船名と運航会社を変え、追跡を可能にする自動船舶識別装置も切って雲隠れしていた「お尋ね者」の逃亡船だ。

 日本政府は、国連制裁の対象となっているこの船を、ただちに資産凍結、平たく言うとその船から貨物輸送を含めた自由を奪わなければならない。貨物船の船長室、通信室は「宝の山」だ。そこにある内部情報を入手できれば、北朝鮮が世界中に張り巡らせた密輸ネットワークを浮き彫りにして、壊滅まで追い込めることも期待されていた。

 しかし実際には、海上保安庁が湾内の海上で貨物検査をしただけで、「懸念貨物」が見つからなかったので釈放(リリース)されたのである。

 私たち専門家パネルは、日本政府に公式書簡を送り、貨物船の資産凍結の義務について喚起し、またアメリカのホワイトハウスからも直接日本政府に働きかけてもらった。だが、そもそも日本には、船を資産凍結するための国内法がなかったのである。

 この北朝鮮の「お尋ね船」の釈放について、日本政府は、「国際的な慣行として認められている措置」として、「人道的見地から例外的に日本の領海での停泊を許可した」と説明。一方、国連海洋法条約に基づいて「領海」では、すべての船舶に対して「無害通航権」が認められているので、資産凍結はできないという。

杓子定規が阻害する実効性

 しかし、貨物船が停泊していた美保湾は、「領海」ではなく、「内水」という、日本政府が完全な管轄権を有する海域であり、無害通航権を認める必要性はない。船を港に接岸させても、陸上の法律が適用されるため、同様だ。

 これに対して、日本政府の担当者は私にこう言った。

「政府はすでに北朝鮮船舶の全面入港禁止措置という、極めて厳しい単独制裁を科しているんですよ。OMM船に着岸を認めることはありません」

 だが、日本で北朝鮮船舶の入港禁止を定めた「特定船舶の入港の禁止に関する特別措置法」第6条には、例外規定がある。

「遭難又は人道上の配慮をする必要があることその他のやむを得ない特別の事情がある場合は、この限りでない」

 つまりこの「例外」を利用して着岸させ、資産凍結しようと思えばできるはずなのだが、そうするつもりはまったくなかったのだ。制裁の実効性という観点からすれば、杓子定規に「北朝鮮船舶の全面入港禁止」を続けるより、むしろ「OMM船を日本に入港させたうえで資産凍結する」方が圧倒的に効果的だ。にもかかわらず、細かい法律論に終始し、より強く、実際的な制裁措置をとらない言い訳に終始する姿は、北朝鮮を擁護する中国やロシアのそれと二重写しに見えた。「制裁を完全履行している」「強力な独自制裁を科している」と胸を張ってみても、北朝鮮に日本製の製品が溢れているのが現実だ。

 12月22日に採択されたばかりの国連安保理決議2397号には、決議違反の疑いがある船舶について国連加盟国の港では拿捕(だほ)や臨検、資産凍結する義務があるとしたうえで、領海内の管轄区域でも拿捕することを認めることが明記された。

 日本のような加盟国のために設けられた規定だ。もはや「領海にある船は資産凍結できない」という言い訳は通用しない。日本は国内法を早急に整備すべきだ。

 制裁違反を何度指摘されても、なかなか認めない中国。制裁に違反した関係者を徹底的に守るロシア。国連の制裁違反事件の捜査への協力を拒否し続ける東南アジア諸国。「北朝鮮との非合法取引などしていない」と何度も嘘を繰り返すアフリカ諸国。北朝鮮製兵器がどうしても欲しい中東諸国。そして、いかに北朝鮮に利用され続けようとも、法改正などの手間暇をかけてまで積極的に取り締まろうとはしない日本――。

 国連制裁をめぐる政治力学は、戦争すら取りざたされる今日に至っても大きく変わってはいない。いや、抜け穴だらけのまま強化される制裁が、北朝鮮の暴走に歯止めをかけるどころか、戦争を目前まで引き寄せているとさえいえるのである。

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古川勝久(ふるかわかつひさ)
国連安保理・北朝鮮制裁委員会・専門家パネル元委員。1966年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。98年、ハーバード大学ケネディ政治行政大学院(国際関係論・安全保障政策)にて修士号取得。『北朝鮮 核の資金源』は初の単著。

週刊新潮 2018年1月4・11日号掲載

特別読物「『米朝開戦』危機に『国連捜査官』が警告! 日本から物資流出!! 北朝鮮制裁が『骨抜き』の実態――古川勝久(国連安保理・北朝鮮制裁委員会・専門家パネル元委員)」より

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