並んでいる品物はすべて無料! 全国に広がる不要品放出市「0円ショップ」

社会2017年12月27日掲載

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 使わなくなった物、いわゆる不要品のシェア(共有)に再び注目が集まっている。1990年代以降、公園などで定期的に開かれるフリーマーケットが賑わってきたが、近年はスマホ向けフリマアプリの登場によって出品や決済が簡単になり、その市場規模はアプリでの扱いだけで年間3000億円を軽く超えているという(2016年/経済産業省による調査)。

 このシェアのブームの中で、まだ規模は大きくないが、全国的に広がりつつあるのが不要品放出市「0円ショップ」である。見た目はフリーマーケットと似ていて、レジャーシートなどの上に不要品を並べるスタイルだが、名前の通り、何とそれらすべてが無料なのだ。お金のやり取りは一切なく、気に入った物、欲しい物があれば、自由に持って帰って構わない。

「これ、本当にタダなんですか?」

 今回、実際に訪ねたのは、不要品放出市の草分けとして知られる「くにたち0円ショップ」。毎月第2日曜日、JR国立駅近くの路上に5名ほどのメンバーが集まり、午後2時ぐらいから夕方まで市を開いている。

「くにたち0円ショップ」を案内してくれたのは、自身も不要品を持ち寄っているメンバーで、フリーライターの鶴見済さん。『脱資本主義宣言』などの著作でも知られている鶴見さんによれば、この放出市がスタートした2012年9月から5年以上、天候不良を理由に休むことはあるが、コンスタントに続けてきたという。

「サイズが合わなくなった服、昔買ったCDやDVD、もう読まなくなった本、買ったのに使わなかった台所用品などが、4~5枚のレジャーシートの上にびっしり並びます。いつも立ち寄って下さる方は事情をご存知ですけど、偶然近くを通りかかった方は〈すべて0円〉の説明に驚いて、『これ、本当にタダなんですか?』と聞き返されることも少なくありません。当日の天気や並んでいる不要品にもよりますが、夕方までにほとんど捌けてしまう日もあります」(鶴見さん)

 集まった不要品は、フリーマーケットで売られていてもおかしくない物ばかりだ。新品同様の食器や子供服もある。なぜ、無料にしているのだろうか?

「こういう不要品は、リサイクルショップに持ち込んでも、値段がつかなかったり、ついても数十円だったりするんです。もちろん捨ててしまうという選択肢もありますけど、それじゃゴミが増えてしまうだけ。だったら、欲しい人にもらってもらうのが一番良いじゃないですか」(同)

 ここでは、最後まで残ってしまった不要品は出した人が持ち帰るのがルール。参加メンバーが持ち帰っても構わないので、映画のDVDなど、「くにたち0円ショップ」の関係者の中でぐるぐる回っている物もあるらしい。

無料の生活の場を広げていく

「0円ショップ」のような活動は、路上や公園など、定期的に野外で行われているものだけでなく、無料の不要品を専門に扱う店舗や「ジモティー」に代表されるネット掲示板方式の放出サイトも登場し、その規模が拡大しつつある。

 刊行されたばかりの鶴見さんの著著『0円で生きる』では、こういった「お金のやり取り」を伴わない、無料の生活の場を広げていく試みが数多く紹介されている。その中での鶴見さんの主張を引用してみよう。

「最近のブームを見ればわかるとおり、我々はもともと、余っている物があれば共有したり人に分けたりしたかったのだ。滅多に使いもしないものを、ひとりがひとつずつ買うのが好きではなかった。まだ使える物はゴミにしたくなかった。けれどもそれらのことは、どことなくパッとしないことと思わされ、やりづらくさせられていた。物をひとつでも多く売ろうとする側は、浪費や贅沢を好む気風を現代風と、質素で倹約を重んじる気質を『古臭い』と思わせる広告戦略まで使ってきたのだ」(『0円で生きる』より)

 つまり、「0円ショップ」のようなシェアの場は、人間が本来身につけていた生活の知恵であり、無駄にお金に依存せずとも生きていける証でもあるのだ。過剰消費や賃金格差、貧困、食品ロスなどの社会問題を是正する糸口が、ここに見つかりそうな気がする。

 ちなみに、初めて訪れた「0円ショップ」で手に入れたのは、ドリカムのCDと大友克洋のマンガ、そして使用感がほどんどない樹脂製の洗濯ピンチハンガー。特に同様のものが壊れたばかりだったハンガーは、とても嬉しかった。まさに「欲しい人」が「欲しい物」を手に入れた良い例である。

デイリー新潮編集部