深い悲しみを胸に秘めて 松岡茉優の新たな決断「コウノドリ」第6話

エンタメ

  • ブックマーク

Advertisement

 産科を舞台にした医療ヒューマンドラマ「コウノドリ」は、毎回異なる患者を迎えてさまざまな出産、そして時には死と隣合せの過酷な医療現場のあり方を描いている。鴻鳥サクラ(綾野剛)、四宮春樹(星野源)ら産科の医師や、小松留美子(吉田羊)ら助産師たちの奮闘が、毎週出産の喜びや悲しみに寄り添い、多くの視聴者を勇気づけている。

 第6回を迎えた今週、下屋加江(松岡茉優)は、こはる産婦人科という小さな病院へ当直に行っていた。そこで切迫早産で入院中の神谷カエ(福田麻由子)と出会い、名前も年齢も同じことから医師と患者という間柄を越えて親しくなった。入院を憂鬱がっている神谷に、下屋は懸命に寄り添い、出産後の結婚式に出席する約束もする。

 下屋は、サクラや四宮に頼りっぱなしで、いつまでも自分が成長できないのではないかという不安を抱いていた。だからこそ、ペルソナとは別の病院での当直を積極的に引き受けていたのだ。

 ペルソナの産科では、いつものようにサクラが夜食のやきそばパンを小松留美子に横取りされたり、四宮がジャムパンを2つも食べていたり、なごやかなシーンが繰りひろげられている。新生児科に移った研修医、赤西吾郎(宮沢氷魚)がパンをたくさん差し入れに来るなど、医師たちの思いやりと絆の強さは、これまで以上に確かなものとなっている。しかし、下屋が自身の成長を考えた時に、このまま居心地の良い環境にいることがベストなのか……と悩む気持ちは、若い時代、がむしゃらに何かに突っ走ってきたことのある人間なら、きっと共感できる部分があるはずだ。

 異変は突然起きた。神谷が、ペルソナに緊急搬送されてきたのだ。甲状腺クリーゼという病気により、急激な心不全と肺水腫をきたし、心停止した彼女に対し、サクラは母体を救うために死戦期帝王切開を即断する。神谷が生前、「さくら」と名付けていた子どもは一命を取り留めたが、救命救急医、加瀬宏(平山祐介)が全力を尽くした治療の甲斐なく、神谷はわずか28歳でその命を落とした。下屋は、神谷が動悸などの症状を訴えていたにもかかわらず、結果的にそれを見過ごしてしまったという強い後悔に苛まれ、立ち直れなくなってしまう。

 ペルソナ救命科部長の仙道明博を演じた古舘寛治は、神谷の死因を分析するカンファレンスで産科のミスの可能性を指摘する厳しい役所を演じた。古舘はこれまで多くの舞台経験を持ち、数々のテレビドラマでも重石のような役割を果たしてきた名脇役である。救命科という厳しい使命を背負い、時に非常に辛辣に聞こえる彼の言葉は、意地の悪さとは一線を画す重みがあった。

 神谷の死のショックを引きずり、担当妊婦すべてに甲状腺の検査をおこなった下屋は、サクラからしばらく休むように言い渡され、四宮からは「甘ったれんな」と一喝される。サクラに言われた「下屋はどんな産科医になりたい?」という問いかけを胸に、下屋は新たな一歩を踏み出すことを決める。それは、救命科に行くという選択だった。救命科に行き、患者の全身管理を身につけたいと、下屋はサクラに申し出る。

 現在、日本の産科救急医療は、非常に厳しい状態に置かれている。もはや産婦人科医だけでは成り立たず、分娩にかかわるすべての医療者のスキルアップと受入施設の拡充が欠かせない状況だ。日本には、周生期医療支援機構というNPO法人があり、ALSO(Advanced Life Support in Obstetrics)という、医療者が周産期救急に対処するための知識や能力を得る教育コースが存在している。日本の医療界では、2008年以来、約7500名がALSO コースを修了しているが、その数はまだ十分とは言えず、さらなるステップアップをめざし産科医たちは日々研鑽を重ねている。私のかかりつけ医である産科の医師も、ALSOやその前段階の産科救急基礎となるBLSO(Basic Life Support in Obstetric)というトレーニングコースの普及のために尽力している。

 これまでの「コウノドリ」セカンドシーズンの物語は、医師たちがどのように「患者に寄り添うか」と、患者たちがいかに「医師に寄り添ってもらっていると感じられるか」にも焦点を当てたものだった。後半戦に入り、これからは医師たち自身がどのように命と向き合うか、それぞれの動機と選択の道のりが描かれていくことになるだろう。

 長い髪をばっさり切って、救命科の服に身を包んだ下屋は、覚悟を決めて産科を去った。「甘ったれんな」とまたもや言いながら、四宮は笑顔ひとつ見せないまま、下屋にジャムパンを差し出した。サクラの見せる優しさが、やきそばパンのように具材の見えるわかりやすい愛だとすれば、四宮の優しさとはパンに隠されたジャムのようである。一見、何の変哲もないただのパンであるが、かじってみると甘い。まったく憎い存在である。

 さっそく加瀬に「救命は、勉強する場所じゃねえんだよ」というキツい洗礼を浴びせられた下屋だが、彼女は必ず「産科に戻ってくる」と約束して修行の旅に出たのだ。今後の彼女の闘いは、命に対する責任もスピード感もますます求められる過酷なものとなるだろう。視聴者はそれを見守ることしかできないが、彼女の成長が日本の産科の未来を切り開いてくれると信じたい。

 ラストシーン、下屋が去った産科では、今回の放送でたびたび下腹部が痛む様子を見せていた小松留美子(吉田羊)がついに倒れてしまった。産科の医師、助産師、患者たちをめぐる物語は、クライマックスへ向けてどのような深みに分け入っていくのだろうか。とにかく今は、小松の病状が不安でならない。「コウノドリ」というドラマは、あらゆる人々の「命」のあり方を問うてくる、その手を緩めるつもりがないようだ。

西野由季子(にしの・ゆきこ)(Twitter:@nishino_yukiko) フリーランサー。東京生まれ、ミッションスクール育ち、法学部卒。ITエンジニア10年、ライター3年、再びITエンジニアを経て、永遠の流れ者。実は現代演劇に詳しい。新たな時代に誘われて、批評・編集・インタビュー、華麗に活躍。

2017年11月21日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。