「グリコ・森永事件」で地を這った特殊班 現職を退いた刑事らが明かす秘話

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職質を見送った理由

 午後8時57分、電車は京都駅4番ホームに到着した。乗客がすべて降りるのを待って、「キツネ目の男」は最後にホームに降り立った。その後、男がとった行動は、さらに異様なものだった。

「両手を広げ、背中を壁にピタリとくっつけてマルケイの動向を窺ったりする。まるで忍者モノのコントでも見ているような感じでした。それから、売店の軒を、持っていたコウモリ傘の先で突き始めたりする。挙げ句に、ベンチに座っていたマルケイの周囲をゆっくりと回り始めたんです。そのときの視線は鋭く、射抜くようにマルケイを見ていました」(前出のアベック捜査員)

 捜査員5人は急遽、ホームでこの男への対応を話し合う。

「みんな、男が犯人グループの一員に違いないと言う。では、どうするか? 職質すべしという意見と、現金に手を掛けるのを待って現行犯逮捕すべきだという意見に分かれた。2対2です。あとは私の決断だけでした」

 と言うのはリーダー役の捜査員。

 このとき捜査本部は職質の許可を求めた現場の捜査員に対し、「一網打尽」の捜査方針を理由に却下したともいわれる。しかし、リーダー役の捜査員は反論する。

「職質しなかったのも、すべて私の判断です」

 そして、こう続けるのだ。

「ここで職質するのが、おそらく捜査の常道だろう。だが、キツネ目の男はそのとき傘を持っていた。結構、高価なシロモノで、絶対自分の持ち物だったと思うんです。雨がポツポツしだしたのは日暮れ頃からだったので、傘を持って出てきているということはヤサ(自宅)が近いんじゃないかと。もしかしたら、そこはアジトかもしれないと考えたんです」

 徹底して追尾すればアジトがわかっていたかもしれないし、そうなれば犯人グループの正体も掴めたかもしれない。だが、その後、5人と監視役を交代した捜査員2人は京都駅の改札付近で男を見失ってしまう。

 捜査はすべて結果で評価される。のちに、このとき職質しなかったことで特殊班は激しい非難を浴びることになった。

 ***

(下)へつづく

週刊新潮 2016年8月23日号別冊「輝ける20世紀」探訪掲載

特集「『キツネ目の男を追え!』 グリコ・森永事件で地を這った『大阪府警捜査一課』特殊班――新井省吾(ノンフィクション・ライター)」より

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