本人たちが明かす「こまどり姉妹」刃傷事件、始まりは“血判ラブレター”

芸能週刊新潮 2016年8月23日号別冊「輝ける20世紀」探訪掲載

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 照明のライトで、男が持っていた刃渡り50センチもの刺身包丁が煌(きら)めいた。その刃先は自ら殺意を持つかのように、女性歌手の首筋めがけ、突き進み――。昭和41年(1966)5月9日、鳥取県倉吉市で発生した「こまどり姉妹」殺人未遂事件は、人気絶頂にあった双子歌手の運命を大きく変えた。芸能人が、熱狂的ファンに襲われるストーカー被害の先駆けとも言われる事件だ。その舞台裏を、当の姉妹が語り尽くした。

 ***

〈今日も渋谷のハチ公前で待っていたのに、君は来なかったね〉〈君は運命として僕と一緒になる人なんだ〉

 男性ファンから姉の並木栄子さん宛てに、こんな文面の手紙が届くようになったのは、事件の少し前からだった。毎日、朝と夕、速達で事務所に送られてくる。異様なことに、決まって文末には血判が押されていたという。栄子さんが振り返る。

「〈テレビで僕に向かって、ニッコリ笑ってくれたね〉とか〈結婚しよう〉なんて書いている。おかしな内容ばかりで、ぞっとしました」

 返信がないことに苛立ちを募らせたのか、男は最後にこう書き送ってきた。

〈分かった。結婚できないんだったら、心中しよう。一緒に死にたい〉

 もっともこの妄執的な手紙だけを理由にコンサートを中止するわけにもいかない。当時、こまどり姉妹はスター街道を駆け上り、女性歌手では美空ひばりや都はるみに次いで人気を博していた。NHK紅白歌合戦にも昭和36年から連続出場を果たし、全国のファンが地元で行われるコンサートを楽しみにしていたのだ。

 当日、市立福祉会館のステージに立った栄子さんはその目で不審な男を見た。

「公演は、午前と午後の2回。普通、朝のステージのお客さんはお年寄りが多いのですけど、1人だけ前の方の席に若い客が居たんです。不思議なオーラを放っていましたね」(同)

 午前の部を終え、楽屋に引き揚げようとしたところ、その若い客が楽屋通用口まで来ていたという。

「警備スタッフから“手に何を持っているんだ”と訊かれた男が“僕は大工だから、金槌を持っているんです”と答えるのが聞こえ、怖ろしくなりました。妹にも“怖い人が来ているから、ステージの前の方には行かないでね”と伝えました」(同)

 午後の公演の幕が開いた。姉妹が「流転船」の第一節を熱唱し、間奏が始まった時のこと。あの青年が席から立ち上がり、赤い花束を手に舞台に近寄ってくるではないか。“アッ”と凍りつく栄子さん。妹がステージの前方に進んで行ったからである。

「花束の贈り物なんてよくあるから、普段通り受け取ろうとしたのよ」

 と、恐怖の体験を語るのは、妹の敏子さんだ。握手しようとしたその瞬間、彼女は手を掴まれ、引き摺り下ろされそうになった。

「反射的に足を踏ん張ったら、男がステージに上がってきました。そして包丁を手に私の方に突進してきたんです。彼は私の首を突き刺そうとした。とっさに利き手の左手で包丁を叩いて払いのけました。すると、首を狙っていた包丁は下にずれて、私のお腹に刺さった。長い刃先が腹に入り、背中まで貫通してしまったのです」(同)

 姉を狙っていたはずの青年は、興奮して姉妹を間違えたのか。あるいは刺しやすい方で良いと考え、敏子さんを襲ったのだろうか。

「東京・小金井でアイドルの女の子が、“結婚したかった”と思いを募らせたファンに刺される事件があったでしょう。私の事件と全く同じで驚きました」(同)

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