武井咲も意外に好評!『黒革の手帖』が何度も映像化されるワケ 清張最後の担当編集者が解説

エンタメ 芸能 2017年8月10日掲載

  • ブックマーク

 武井咲主演の「黒革の手帖」(テレビ朝日系・木曜夜9時・放送中)が好調だ。放送前はこれまで清純さが売りだった武井の悪女役を不安視する声も上がっていたものの、蓋を開けるとその悪女っぷりが大好評。視聴率も初回から3話続けて10%以上をキープしている。武井についても女優として新たな魅力が広がったとも言われている。多くの女優を開花させ、人々を引きつける松本清張作品の魅力とは何なのか? 清張最後の担当編集者が明かした。

 ***

「センセイ、何になさいます?」
 銀座のクラブ。席に座るとママがすぐにやってきて訊いた。
「コーヒーとトースト」

 ぶっきらぼうに松本清張が返す。お酒は一滴も飲めない清張先生だが、銀座のバーやクラブに顔を出すのは決して嫌いではなかった。都内で取材を済ませたあと立ち寄った夜の11時に、分厚くふわふわのトーストをさっと出してくるのが、一流クラブの凄いところだ。

 ママにはいささか無愛想な清張先生も、お気に入りの若いホステスが付くと相好を崩す。といって、遊び馴れた作家のように、すぐに気安くその娘の手を握ったりはしない。いや、できない。はっきり言って、女性の扱いはかなり苦手な人だった(編集担当者の私も、その影響を受けた)。

 しかし、扱いはうまくなくても、女性を書かせたら清張流の観察眼が光りを放つ。通算6度目のテレビドラマ化となった『黒革の手帖』も、その悪女の描きぶりから、高視聴率を稼いでいる。テレビ朝日の前回シリーズでは、主人公を米倉涼子が演じ、これ以上ないハマり役だと言われた。いわば米倉の悪女イメージを定着させた出世作だ。

 それに比べ、今回の主演・武井咲は、横領した大金で銀座に店を開き、夜の世界で男たちを手玉に取る女を演じるには線がほそく、とても米倉には及ばないだろうというのがオンエア前の下馬評だった。ところが、なかなかの演技を見せて、「女優として一皮も二皮もむけたのではないか」と言われている。心が動揺するはずの場面で逆に表情の変化を抑え目にしているのがいい(唯一、難をつければ、元銀行員にしてはお札の数え方がもうひとつ。手さばきはいいが、広げたお札がきれいに揃っていない)。視聴率も放送済みの3話とも10%を超えた。

 スマホがふつうに出てくるなど現在に置き換えた脚本とはいえ、骨格は1970年代末の「銀座の女」を描いた作品が、なぜ40年近く経った今も、見る人を引きつけるのか。長年、清張先生に付き添った者として、その取材の徹底ぶりと、(女というより)人間を見る目の深さを挙げざるをえない。取材と観察眼から構築されたストーリーと心理描写が、時代を経ても古びず、それどころか繰り返し映像化される作品力の源泉になっている。

 清張先生のお伴をしていると、365日、24時間が取材だ。ある時、スイスで個人銀行の取材を終え、その街の中央駅に近い日本料理店に入った。和服を着たスイス人の店員が注文をとったあと、品のいい女将が我々のテーブルに挨拶にやってくる。日本人だ。清張先生の目の色が変わる。ここまでどんな人生をたどってスイスに店を開くに至ったのかと、さりげなくも執拗に、女将の話を聞き出し始めた(その場で黒革の手帖にメモしたりはしない)。どこへ行ってもこの調子なのだ。ホテルに戻ると、いつも睡眠3時間あまりで起きて、前日の取材日記を丹念にノートに書き込む。

 大金を横領したり、ゆすりや殺人に走る清張作品の登場人物たち。そこで書こうとしているのは、したたかさや貪欲さやずる賢さなど、犯罪者の表面に必然的につきまとう強さの類だけではなく、その一枚も二枚も下の層にある、人間のもろさ、弱さだ。そう、清張先生が表現し続けたのは、どんな男にも備わるもろさ、どんな女も無縁ではない弱さなのだろう。

『黒革の手帖』のほかにも、『わるいやつら』、『蒼い描点』などの長編、『水の肌』、『隠花の飾り』といった短編集などに、清張ならではの人間観察が詰まっている。

 今年は、没後25年とあって、複数の作品がテレビドラマ化されている。しかし今年に限らず、人間の深層を描いたその作品群の強さは、これからも繰り返し映像化されることで示されていくだろう。

 6度目の映像化となった『黒革の手帖』が、これからさらに視聴率を上げていけるかは、主演の武井咲が、夜の銀座で働く女のしたたかさの裏に、どれだけの弱さを表現できるかにかかっているのではないだろうか。(新潮社編集委員・堤伸輔)

新潮社編集委員・堤伸輔/デイリー新潮編集部