劇評家50年のベテランが観た “悲劇の千両役者”市川海老蔵の親子共演

エンタメ 芸能 新潮45 2017年8月号掲載

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初めての体験

 先に紹介したとおり、『駄右衛門~』は珍しい演目だ。歌舞伎は『勧進帳』のような名作上演が一般的であり、その際に注目されるのは役者の“藝”である。対して、上演機会の少ない『駄右衛門~』のような演目の場合は、その作品内容に観客の興味が集まる。しかし今回ばかりは、

〈ただただ妻を失った夫と、母を亡くした幼な児の共演という、考えてみればつくられたお芝居以上に、ドラマティックで希有な事象への同情心にあふれた客を前にして、その客を楽しませ、喜ばせなければならない役者の気持に、思いを馳せずにはいられなかった(中略)白狐姿の堀越勸玄が、文字通りちょこちょこと花道に登場したときに起った客席の歓声は、思わず「可愛い」と口にしながら涙ぐんでいる中年婦人などもいて、なんとも形容し難いものだった〉

 そして秋葉大権現が白狐をかかえて行う宙乗りは、

〈白狐が手をふる姿に大きな拍手を送る観客の目は、秋葉大権現と白狐に対してではなく、ここははっきり市川海老蔵親子としてとらえている。『駄右衛門花御所異聞』という芝居のなかに、作品上の展開とは別に、役者とその子供を見舞った悲劇が組みこまれ、それを我が身も一緒に受け入れようとしている観客によって成立している舞台に接したのも、初めての体験だった〉

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 矢野さんによる「悲劇の千両役者 市川海老蔵」は、舞台評を軸に、私生活が丸裸になってしまう時代における「役者の藝の魅力の伝承」を問う。海老蔵はこれからもずっと舞台に立ち続ける。2人の子供の成長も世間の注目を集め続けるだろう。梨園では妻の仕事も大切であり、長くひとりでいるわけにもゆかない。多事多難が予期されるが、今はただ、麻央さんのご冥福を祈りたい。

「新潮45」編集部

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