安倍官邸はメディアに圧力をかけているのか 「反安倍」論のファクトチェック

政治2017年6月28日掲載

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■キャスター降板にまつわる都市伝説

安倍総理

「安倍政権が報道に介入した」「圧力を加えた」「統制をした」といった論を目にすることは少なくない。最近では国連の特別報告者もそのような事態に懸念を示したと伝えられている。

 一方で、そうした見方はピント外れだという反論もまたある。

 実際のところどうなのか。フリーの報道記者、烏賀陽弘道氏は、新著『フェイクニュースの見分け方』の中で、「有名なキャスターの降板には官邸の圧力が影響している」という説のチェックを行なっている。なお、烏賀陽氏は「安倍政権に対してどちらかといえば批判的」という立場である(以下は、同書より抜粋、引用)。

 烏賀陽氏は、「圧力ある派」の代表として、『安倍政治と言論統制――テレビ現場からの告発!』(『週刊金曜日』)という本を取り上げる。この本は巻頭で、「クローズアップ現代」の国谷裕子氏、「報道ステーション』の古舘伊知郎氏、「NEWS23』の岸井成格氏の3人は「安倍政権の言論統制ともいえるメディア締め付けの下で(略)降板しました。独裁色を強める『安倍政治』でなければこんな事態は生まれなかった」と危機感を煽っている。

 ところが、読み始めた烏賀陽氏はすぐに違和感を覚える。岸井氏も古舘氏も、政権への打撃となるような事実を報道したという話を聞いたことがなかったのだ。

 また、どの番組でもキャスターがすべてを決めるわけではなく、彼らは視聴者の前に最後に出るという橋渡しをしているにすぎない。

 もしも自分が圧力をかけるのなら、キャスターではなく、記者や次長、部長などの決裁権限者を飛ばせというだろう、と烏賀陽氏は言う。

 結局、この本には、圧力を示すファクトはまったく示されていなかった。それどころか「岸井さんの件は契約終了に過ぎない」といったことまで書かれていたのである。

 他の2人についても、同様で、古舘氏にいたっては別のインタビューで自ら圧力を完全に否定していた。また、烏賀陽氏が旧知のNHK職員に取材したところ、国谷氏の降板も基本的には二十数年もやってきたことが異例であって、普通の契約終了である、とのことだったという。

政権からの圧力はあたりまえ

 こうした調査の結果として、烏賀陽氏はキャスターの降板に圧力があったというファクトはないのではないか、と分析している。

 ただし、一方でこうも指摘している。

「政権が自分の政策に都合がいいようにマスメディアをコントロールしようとするのは、洋の東西を問わず、どこの国でも当たり前である。

 記事や番組に注文をつける。記者に文句を言う。文書を送りつける。幹部を呼びつける。法律の遵守を求める。政権がマスメディアをコントロールしようとする手段として、そんなことはどこの国でも日常茶飯事である(それがいいとは言わない)。

 報道の責務は『権力の監視』なのだから、権力は監視対象なのである。監視される方はスキあらば逆襲して報道をねじ伏せようとするに決まっている。

 この程度のことは、報道の業務上必ず発生する摩擦として『当然のこと』なのだ」

 烏賀陽氏が新聞記者だった頃でも「政治部記者を通じて不快感を伝えてきた」「オフレコ懇談会でこきおろした」などは日常的にあった。自身が社会部にいた頃には、政治部から苦情が来たが、気にもしなかったそうだ。こうしたことを前提としたうえで、政権や大企業など「権力」が報道にかける「圧力」には以下の7種類がある、と烏賀陽氏は言う。

(A)記者の暗殺・誘拐・脅迫・拷問、(B)検閲、(C)警察や検察による記者や情報源の逮捕・投獄、(D)電話やメールの盗聴。記者の尾行・監視、(E)経済的介入(広告の差し止め・記者の異動や解雇の要求など)、(F)税務調査、(G)民事提訴

 これらと比べた場合、「安倍政権の報道への圧力」の例として挙がっている「政治家が批判した」「与党に呼び出された」「批判の文書が届いた」などは、圧力や統制のうちに入るかどうかも怪しい、というのが烏賀陽氏の見解だ。

「(批判、呼び出し、文書程度は)きわめてマイルドなカウンターアクションにすぎない。むしろ『言論で批判されたので、言論で対抗した』という『社会的議論』(パブリック・ディベート)の範疇に入ると見ていいだろう(略)

 これほど穏健な『圧力』でマスメディアの幹部や記者が委縮する、怖がる、というのはむしろ報道側の人的資質の問題だろう。

 要は『報道が権力を本気で監視するなら、権力はあらゆる手を使って逆襲してくる』という心構えが欠けている。報道と権力の関係はそういう『戦争状態』『緊張状態』がデフォルトだという認識が足りないのだ。

 さらに、そうした苦情や批判を先読みして『権力からの苦情が来そうな報道はやめておこう』と手控えるような姿勢は『自己検閲』という報道側の病理現象である。(略)

 自らの落ち度を政権のせいにしてはいけない。問題の所在が見えなくなるだけ有害だ」

 こうした見解に対して、「お前は安倍政権の恐ろしさを知らないだけだ」「政府の回し者に違いない」といった反応もあるかもしれないが、と前置きをしたうえで、烏賀陽氏はこう語る。

「もしもそう思われるのならば、ぜひそれを示すファクト、すなわち『政権の恐ろしさ』や『烏賀陽は回し者』ということを示す事実を提示してほしいと思います。私自身、安倍政権の政策には批判的ですから、そのようなファクトが示されることを楽しみにしています。

 しかし、多くの場合、根拠となるファクトを欠いたオピニオンが先行しています。『意見』をいくら言われても、政権にとって痛くも痒くもないでしょう。ファクトを積み重ねなければ、“フェイクニュースだ”で片づけられかねないのです」

デイリー新潮編集部