右派と左派の間に存在する「バカの壁」“話せばわかる”なんて今でも大ウソだ

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 養老孟司氏の名を一躍有名にした『バカの壁』は、441万部の大ベストセラーだ。

「バカの壁」という言葉は流行語大賞候補にも選ばれたが、その分、言葉が一人歩きした面もあり、その意味するところは必ずしも正確には伝わっていない。同書で述べられている「バカの壁」とは次のようなものだ。

 ――われわれは自分の脳に入ることしか理解できない。つまり学問が最終的に突き当たる壁は、自分の脳の中にある。人は自分が知りたくないことについては自主的に情報を遮断してしまっている。これも一種の「バカの壁」である。

 この「壁」を養老氏は、一次方程式を用いて説明している。

 人の脳に外部から入力される情報をx、それをもとにその人が取る運動をyとする。この場合の「運動」とは、情報に対する反応全般なので、体を動かすだけではなく、情報をもとに考えを巡らせるのも、運動の一種である。

 人間の脳内には、常に、

 y=ax

 という方程式がある。

 この場合のaは何かといえば、「現実の重み」。簡単にいえば、xがその人にどれだけの意味があるかを示す係数だ。

 虫好きの人間は、足元に虫がいれば大きく反応して、とりあえずしゃがみこみ、観察したり、捕まえたりする。

「虫」という情報(x)に対してaが大きいからである。

 一方で、虫なんかには興味がない、という人にとってはaはゼロだ。そうなると、視野に虫が入ってもただ無視をする。aがゼロである以上は、yもゼロになるのである。

(もちろん、「気持ち悪い」と早足で逃げる人もいる。この場合はaが大きなマイナス係数となっている、と考えるとわかりやすい)

『バカの壁』が発売されたのは2003年。オビには「“話せばわかる”なんて大うそ!」とあった。この頃、すでにイスラム原理主義者と欧米社会との対立が大きな問題となっており、ブッシュ(Jr)大統領は、「テロとの戦い」を展開中だった。そうした世界情勢も背景に、『バカの壁』は部数を伸ばしたのである。

目下、世界中で「バカの壁」の建設ラッシュが起きているような状態だ

 それから10余年が経ったが、今でも世界中に「バカの壁」はあるようだ。

 トランプ大統領はメディアの言うことに対して「a=ゼロ」または、「a=-100」のような極端な係数を設定しているように見える。この場合、完全に無視をするか、「大ウソだ!」と激怒するかのどちらかになる。

 日本でも、様々な疑惑の指摘が報道されているのに対して、このところ官邸側の係数は極めて小さい。加計学園を巡る問題で、前川喜平前次官の発言に対し、菅官房長官は「勝手に言われていること」などと述べ、証言内容について調査する気がないと突っぱねた。この対応からはxに掛けるaは限りなく小さくしたいという思惑がみてとれる。

 結果としてyは小さくなるため、木で鼻をくくったような回答が増えるのも当然だ。

 しかし、このような論法で「だからトランプはだめだ」「安倍政権は傲慢だ」と声高に叫ぶのもまた安易だろう。

 トランプが聞く耳を持たないと批判する米メディアもまた、ホワイトハウスからの情報に対しては大きなマイナスかゼロしか掛け合わせていないのが現状だ。

 日本も同じこと。目下、民進党などの野党やその応援団は、どんなxであっても、とにかく官邸と関係ありそうなネタには、大きなマイナス係数を掛けるということにしているようだ。情報の精度や発言の信憑性にはとりあえず目をつぶり、疑惑に最大の数値を掛けて、yを最大化しようという戦略を取っているのである。

 対立する双方が、自らの係数(バイアス)に無自覚である以上、「話せばわかる」なんてことになるはずもない。

 『バカの壁』の結びで養老氏は、同書の中で、aを固定すると一種の思考停止になるので楽なことだ、しかし、それでは「自分と違う立場のことは見えなくなる」ので、話が通じなくなってしまう、と警鐘を鳴らしている。

 目下、世界中で「バカの壁」の建設ラッシュが起きているような状態だ。

 ニュースは多くなり、メディアは盛り上がるのかもしれないが、それでいいのだろうか。

デイリー新潮編集部

2017年6月5日掲載

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