大介護時代から「大介護殺人時代」へ 著名人たちが指摘する在宅介護の限界

社会週刊新潮 2017年4月6日号掲載

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■他人事ではなかった「介護殺人」の恐怖(7)

 これまで6回にわたって、「介護殺人」をめぐる著名人たちの実体験を聞いてきた。そして、彼らが声を揃えて訴えるのは、政府がすすめる「在宅介護」の限界である。

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現代の「日本病」とでも言うべき介護問題(本人提供)

 在宅介護から施設介護に変更するにあたっては、介護対象者自身が「障害」となることもある。安藤優子(58)が回顧する。

「在宅介護も大変でしたが、母を民間の高齢者施設に入れようとした時も大騒動でした。母が『自分の家があるのに、なぜそんなところに行かなければいけないの!』『何のためにあなたたちを育てたのか分からない!』と、抵抗したからです。だから、『家の水道の工事があるから1週間だけ』と言って、何とか施設に連れていきました」

 だが施設入所後も、

「母は泣くわ喚(わめ)くわの大騒ぎ。『こんなキチガイ病院に私を連れてきて!』と怒っていたのを、今でもよく覚えています。施設にいる要介護の人たちを見て、自分は違う、一緒ではないと思うんでしょう。そうした暴言があまりにひどいので、施設の方から『落ち着くまで面会しないでください』と言われ、結局、私たち家族は2週間、施設に出入り禁止となりました」

フリーアナウンサーの生島ヒロシ

 妻や子どもたちなどと「チーム」を組んで義母の在宅介護を「完遂」したフリーアナウンサーの生島ヒロシ(66)が、改めて現実の厳しさを指摘する。

「私たちが1996年に介護を始めた当初は、まだ介護保険制度が始まる前だったので、ヘルパーさん代だけで月に50万円くらいかかりました。そうした家計の負担も一切顧みず、まだらボケの義母は『デイサービスは嫌、施設は嫌』など、わがままを要求し続けた。ボケ始めると、少しずつ子ども返りしていき、自分のことしか考えられなくなるんですね」

 哀しいことに、「死に方」までカネ次第の面があると言えそうなのだが、

「離職した介護者は、介護対象者である父母の月々10万円程度の年金を頼りにしなければならないケースもあります。これでは施設に預けようと思っても無理で、在宅で介護せざるを得ませんよね。しかし、介護保険制度とは、いつでもどこでも、在宅、施設を問わず誰もが望む介護を受けられるという狙いで始まったものだったはずなんです」

■大介護殺人時代

 自身も在宅介護を行い、介護殺人事件裁判の傍聴経験がある介護ジャーナリストの小山朝子氏が総括する。

「在宅介護の大きな問題点は、密室で介護対象者と向き合うため、家族が俯瞰して冷静に自分を見られなくなり、行き詰まってしまうことです。また、家族自ら『SOS』を発信しなければ誰も気が付くことができない。ふたり暮らしで老老介護をしている場合はとりわけその傾向が強まり、結果、介護殺人や介護心中に走ってしまうケースもある。『家族の面倒は家族で見るのが当たり前』。この日本の伝統的価値観が、介護殺人を引き起こしている側面は否めません」

 団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる2025年に、日本の要介護人口は12年の452万人から1・5倍も増え、650万人以上になると推計されている。小社刊『介護殺人─追いつめられた家族の告白』(毎日新聞大阪社会部取材班著)には、介護体験者を対象に行ったアンケートに関するこんな記述がある。

〈最も驚いたのは、家族を殺したいと思ったり、心中を考えたりした経験があると答えた人が2割もいたことだ〉

 大介護時代から、大介護殺人時代へ。そうなってから悔悟しても取り返しはつかない――。(文中敬称略)

特集「『橋幸夫』『安藤和津』『荻野アンナ』『安藤優子』『生島ヒロシ』他人事ではなかった『介護殺人』の恐怖」より