稀勢の里の感涙V その裏にあった「理学療法士」の献身

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 とめてくれるなおっかさん、左の肩が泣いている、男横綱どこへ行く。涙の数だけ強くなる、そんな軟(やわ)じゃないけれど、涙にむせぶ横綱に、苦労の多さを知らされる。重傷を堪えて優勝を成し遂げた横綱・稀勢の里(30)。その裏には、ある理学療法士の献身があったのだ。

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 荒れる春場所の名の通り、他の横綱の体たらくをよそに、連勝街道を突っ走ってきた稀勢の里が、土俵の神様に見放されたのが13日目。日馬富士戦で左肩付近を負傷したのだった。

「受け身に失敗して左上腕部には直径20センチのアザが。左腕付け根の部分的な筋断裂と亜脱臼、あるいは上腕二頭筋の損傷で全治3カ月と取り沙汰されました」

 と、相撲記者。翌日の鶴竜戦も連敗でやんぬるかなというところ、千秋楽の本割と決定戦で連勝し、22年ぶりの新横綱優勝を飾った。

「土俵に上がると決めた以上、後先考えずにやるしかないと応援していました。とにかくほっとしましたね」

 と、父の萩原貞彦さん。横綱の身体のケアを担当する人物に話を向けると、

「誰とは言えないけど、ずっとお世話になっている先生で日本一。命の恩人みたいな方ですよ」

 と絶賛する。横綱自身、

「1人の力じゃない」

 と殊勝に話すとおり、その突っかえ棒となっているひとりが他ならぬ國藤茂・(株)PNF研究所所長だ。

 彼を直撃すると、

「すべて取材を断るよう言われているのですが……」

 としつつも、こう明かす。

「知り合ったのは2年半前、九月場所の頃。東京場所ですと複数回ウチにみえて、地方場所だと1場所につき1度、1泊で私が出かけて行く感じでしょうか。『コンディショニング』が目的なので、ケガの有無とは関係なく対応します」

■1時間の秘密の施術

 國藤氏に招集がかかったのはケガ翌日のことである。

「千葉の自宅にいて、家族とレストランでもというときに横綱から電話がかかってきました。大阪の田子ノ浦部屋の宿舎に到着したのが23時過ぎ。肩が動くか否かの確認をして、次の日の千秋楽は会場へ行く前に1時間の施術をしました。そこで何をしたかは申し上げられませんけれど、横綱が持っている力を引き出す手助けをしただけです」

 施術の基本概念は、身体の動かしにくいところを動かしやすくするというもの。

「出発点がリハビリですからスポーツと密接な関係があるわけではありません。ただ、より高度な動きができるようになる、とアスリートには着目されています」

 理学療法士を得たことによって、稀勢の里が手にしたものは大きい。けれど、

「元横綱・貴乃花は01年夏場所で右膝を負傷したものの、千秋楽の武蔵丸戦に強行出場し優勝。でもそこから7場所連続休場を余儀なくされ、のちに2場所だけ出て引退したのです」

 と、過去の出来事を悲しげに思い出すのが先の記者。

「稀勢の里の相撲は左を差して右上手を取る。すなわち左肩が起点になっている。稽古はともかく本場所では容赦なく狙われますよ」

 左の肩の涙を拭えるか。

ワイド特集「花も花なれ 人も人なれ」より

週刊新潮 2017年4月6日号掲載

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