紀里谷監督も! 必要最低限がない「ミニマリスト」の極限スタイル

食・暮らし週刊新潮 2017年2月2日号掲載

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断捨離どころか必要最低限がない!ミニマリストの極限スタイル(1)

「不要な物を断ち、捨て、執着から離れる」。「断捨離」が持て囃されて久しいが、近年これを先鋭的に極め、最小限の物だけで暮すミニマリストが話題を呼んでいる。元漫画家の中崎タツヤ氏など達観の4人が必要最低限の物すら持たない衝撃のライフスタイルを披露する。

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 平安末期から鎌倉初期の歌人、鴨長明は晩年、京の都を離れ、伏見郊外の山にわずか一丈(3メートル)四方、すなわち方丈の小さな庵を結び、隠棲した。そこで我欲を滅した彼が〈行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず〉と、人の世の儚さ、虚しさを綴ったのが、かの『方丈記』である。

 さて、ここに紹介する面々もこと物欲に関しては、これを超越したものとお見受けする。まずは「ミニマリストの先駆け」として名高い人物からご登場願おう。

「僕も昔は、数十万円もするスーツを30着など、たくさん華美な洋服を持っていました。車も数千万円のものに乗っていた。これらが必要ないと思えるまでには、時間がかかりました」

 こう振り返るのは、「CASSHERN」などの作品で知られる映画監督の紀里谷和明氏である。

「しかし冷静に考えると、それらのモノには、他人の価値観が入っていた。“人から格好いいと思われたい”とか“誰々が良いと言っていたから”などとの理由で購入してしまう。自分が本当に必要としているモノではなかったから、無駄な消費だったわけです」

紀里谷氏の部屋

 彼は以前、広さが100平方メートルの部屋に住み、ちゃぶ台と座布団だけを置いていた。それが無意味と思い、50平方メートルのワンルームに引っ越したという。

 現在の部屋にあるのはベッドと小さなソファ、作業用のデスクのみ。テレビはない。洋服は4着で、ジム用のスポーツウェアが1着にTシャツが3枚。靴下と下着は7枚ずつという。彼は、いかにして物欲から解き放たれ、ミニマリストという生き方に目覚めたのか。

「僕自身は、ミニマリストやミニマリズムという言葉を意識して生活しているわけでありません。ただ、モノを減らせるようになったのは、デジタル化の影響が大きかった。ある時、部屋にある大量のCDをデータに移していると、ふと『これって結局、石油じゃん』と思ったのです。これほど資源を無駄遣いしていたのかと、自分でも驚いた。それからは本もデジタルで読むようになりました。そうなると、全てのモノに対し、“これは本当に必要なのか”と自問するようになった。先ほど述べたスーツなども全部で1000万円分になっていたわけで、今思うとゾッとしますよ。10年以上かけて少しずつモノが減っていき、今の状態に至ったという感じです」

 ミニマリズムの裏側にあるのは、大量消費社会だ。

「日本では戦後七十余年、大量消費社会を突き詰めてきた。人間には頭脳以外に魂もあり、消費に対し魂は疲れ切っているのに、頭脳がそれを止めようとしない。この分離に反発して生れたのがミニマリズムなのでしょう」

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