「高齢者は75歳以上」提言、年金改悪の陰謀? 

国内 社会

  • ブックマーク

Advertisement

 若々しいと誉めそやされれば悪い気はすまい。が、こと今回は趣を異にする。先ごろ「高齢者は75歳から」との提言が、医師らによってなされた。なるほど得心はいくものの、破綻のおそれもある年金“改悪”に用いられかねず、一体いかなる陰謀かと勘繰りたくもなるのだ。

 ***

 さる5日、「高齢者に関する定義検討ワーキンググループからの提言」と題して会見を行ったのは、日本老年学会である。全国紙社会部デスクが言う。

「医師や心理学者ら高齢化問題の専門家で構成されるこの学会は、2013年の秋から、高齢者の定義について話し合ってきました。16人のメンバーで議論を重ねた結果、『75歳以上』とし、あわせて『65歳から74歳までは准高齢者とすべき』との提言も行なったのです」

 現在、医療制度においては75歳以上を「後期高齢者」、65〜74歳を「前期高齢者」と区分している。今回はその10歳分にまたがる集団を、社会の担い手と捉え直したともいえる。

「そうした根拠の一つとして学会が挙げたのは、14年に行われた内閣府の意識調査です。それによれば『何歳から高齢者か』との問いに31・3%の男性が『70歳以上』、29・9%の女性が『75歳以上』と答えたのに対し、『65歳以上』としたのはともにひとケタ台でした」(同)

■「福祉がネガティブな方向に動いてほしくない」

 ワーキンググループで座長を務めた大内尉義(やすよし)・東大名誉教授(老年医学)にあらためて聞くと、

「昭和30年代頃までは、60歳でリタイアするのが普通でした。ところが寿命は20年近く延び、今や老人と呼ばれる皆さん、中でも前期高齢者とされる人たちがお元気です。見た目だけでなく、データを調べると、ここ20年くらいの60〜70歳の人たちの体力、知力、歯の数は5〜10歳若返っていたのです」

 とのことで、

「リタイアして社会から引っ込んでしまうのでなく、その人に合った社会参加をされてはどうか。少子高齢化がますます進む中、活力ある世の中にできるのではないか。そう考えて今回の提言に至りました。現在は65歳からが高齢者ですが、10歳若返っているとのデータをもとに、75歳からという結論に達したのです」

Dr.週刊新潮 2017 病気と健康の新知識

 その理念たるや至極もっとも、かかる社会が到来した暁には、第二の人生はさぞ味わい深いものになろう。が、ここで大きな疑念が頭をもたげてくる。それは取りも直さず社会保障、わけても年金との関わりである。現に大内名誉教授自身も、

「会見では報道陣から『年金の支給開始年齢の引き上げに使われるのでは』という質問も出ました」

 と振り返りつつ、

「この点は『福祉がネガティブな方向に動いてほしくない』と強調しました。提言はあくまで医学の立場からのもので、財政的な問題は全く念頭にない。むしろ、国が短絡的に社会保障と結び付けるのではないかと危ぶんでいるくらいです」

 同じく座長で会見に出席した甲斐一郎・東大名誉教授(老年社会学)も、

「そうした捉えられ方は不本意で、“陰謀”だとか、政府の意を汲んだなどと言われても『全く関係ない』と答えるほかありません」

 当の厚労省も、今回の提言については、

「事前に内容の把握や(分科会の)日本老年医学会等と意見交換を行った事実はございません」(政策統括官付社会保障担当参事官室)

 とした上で、

「社会保障制度における年齢の定義を見直すことについては、企業の雇用慣行や、お年寄りを含む国民の意識の状況を十分に踏まえた上で、慎重に議論されるべきものと考えています」

 とはいえ、高齢化社会の進行と相まって、年金は破綻の危機がまことしやかに囁かれている。そんな状況下で前述の提言とくれば、さらなる支給開始年齢引き上げへの序章か、と疑われるのも宜(むべ)なるかなである。

■医学的お墨付き

 そもそも「高齢者」には、法律上の定義がない。1956年、国連の報告書が65歳以上を「高齢」と表したことから、わが国も倣ってきたのである。その後、老人医療の問題が議論される中、00年代に入ると、もっぱら医学用語だった「後期高齢者」なる表現が一般にも出回り始めた。08年4月からは、それまで無料だった医療費を1割負担する「後期高齢者医療制度」が実施されたのはご存知の通りである。

 が、ひとたび“前期”に分類されながら、今度は“一歩手前”と見直され、そのつど猫の目のごとく呼び名まで変わるのだとすれば、あまりに無体な話ではないか。

 年金受給者でつくる「全日本年金者組合」の冨田浩康委員長が言う。

「“65歳が高齢者なのか”と疑問を投げかけた学会の判断は理解できます。ですが、私は労働者の中に正規、非正規のほか准高齢者という『自助努力層』が作られ、“低賃金で74歳まで働きなさい”となるのを危惧しています。そうした制度化とセットで、年金の支給年齢が引き上げられないとも限りません」

 厚労省は目下、厚生年金の支給開始を60歳から65歳に引き上げる作業の只中にあり、

「老齢厚生年金の定額部分について男性は01年度、女性は06年度からそれぞれ12年かけ、3年に1歳ずつ引き上げ、報酬比例部分は、男性13年度、女性は来年度から、これも12年かけ、同じ速さで引き上げることになります」(前出デスク)

 その作業がすべて完了するのは2030年になるのだが、特定社会保険労務士の稲毛由佳氏は、

「年金を所管する厚労省にとっては、今回の提言は『いいことを言ってくれた』と渡りに船でしょう。支給年齢を引き上げる格好の材料になり得ます」

 というのだ。

「大前提として、年金は働けなくなった時の収入源であるはず。提言は『中高年』の上限を広げるには違和感があったのでしょうが、65歳から74歳は、高齢者予備軍として十分働けると謳っているわけです。厚労省からすれば、医学的見地から『65歳はまだ元気』とお墨付きを得たに等しく、引き上げの際の根拠が説得力を増したわけです。実際に今の65歳は『おじいちゃん』と呼ばれるのを嫌がります。だから皆さん、感覚的には“老人扱い”の年齢が上がったと嬉しがっている。その点も、支給年齢引き上げを促す材料となってしまうのです」(同)

特集「ついこの間までは後期高齢者が……突然『高齢者は75歳以上』提言は『年金受給』後ろ倒しの大陰謀?」より

週刊新潮 2017年1月19日号掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。