認知症ドライバーが起こした死亡事故、不起訴のケースも 来年の法改正でも「機能するか疑問」

社会週刊新潮 2016年11月24日号掲載

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 相次ぐ高齢ドライバーによる重大事故。11月12日には東京・立川市で83歳の女性が歩行中の男女を撥ね殺したほか、10月28日には横浜市で認知症の疑いのある87歳男性が集団登校中の小学生の列に突っ込み、6歳の男児が死亡、7人が怪我を負った。

 加齢に伴い、高齢ドライバーの運動能力や判断能力は低下するが、日本の運転免許システムは、そうした人々にも免許の更新を約束する。75歳以上のドライバーが更新時に課される認知機能検査で「認知症のおそれ」との結果が出たとしても、事故や違反を起こし、医師の診断を受けて初めて免許取消となるのだ。

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認知機能検査自体に問題があるという…(写真はイメージ)

 来年3月からは、改正道路交通法が施行される。以降は、「おそれ」と判定された場合、即座に診断、認知症なら取消という流れになるが、

「これが機能するかどうかは疑問が残ります」

 とは、東京大学大学院医学系研究科の岩坪威教授(脳神経医学)。

「おそれ」の認定は、年間5万人出ると推計されるが、

「学会で認定されている専門医は2000人弱。このキャパシティーで免許の取消を決める慎重な判断ができるのか。見通しは厳しいと言わざるをえません」

 医師にとっても診断は荷が重いし、また、認知症でないと判定した人が事故でも起こしたら、責任を問われかねない。勢い、この診断を敬遠したがる傾向にあるというから、折角の改正も、仏作って魂入れず、となりそうなのである。

■“ザル”な現行法

「そもそも、認知機能検査自体に問題があるのです」

 と、立正大学の所正文教授(交通心理学)は言う。

「現在の検査はアルツハイマー型の認知症を見つけるのに適したもので、逆に認知症の3分の1を占める、レビー小体型、脳血管性、前頭側頭型については見逃してしまっている。しかし、これらが運転に与える影響も極めて大きいのです」

 幻視が起きたり、信号無視、わき見運転、車間距離の見誤りなどの不備が出るのがこれらの認知症だが、それがすっぽり抜け落ちている。現行法が“ザル”と言われる所以で、そこから漏れた高齢ドライバーが悠々道路を走行しているのが日本の現状なのである。

「諸外国に比べ、車を優遇しすぎ」

 と所教授。

■責任能力が問えず不起訴も

 一般の交通事故と比して、高齢者による事故の遺族の感情は複雑なのかもしれない。

「認知症が原因で死亡事故が起こった場合、危険運転致死傷罪の範囲とはならず、過失運転致死傷罪の適用対象となります。両者には、最高刑が懲役15年と7年という大きな開きがある。そもそも重度の認知症だった場合、責任能力を問えず、不起訴になるケースもあるのです」(交通事故裁判に詳しい社会医学者)

 となれば、被害者感情のやり場すらなくなってしまうだろう。

 一方の加害者にとっても、実刑が下されれば、80を超えて刑務所に入り、老後の生活も、これまで築いてきたものも台無しになる。仮に執行猶予が付いたとしても、民事裁判で巨額の賠償を命じられるケースがほとんど。場合によっては、それが監督責任のある家族に科せられることもある。

■免許を手放した安倍譲二さん

 作家の安部譲二さんは、御年79。3年前に自動車を手放し、そのまま免許の更新にも行かなかったという。

 ご本人が言う。

「理由は単純。女房に“危ないからもうやめて!”と言われてね。俺は今まで悪さをしてきたから、これ以上人に迷惑をかけたくないんだよ。それにこの歳になったら、自分のことを心配してくれる人の言うことを聞こうと思ってね。雨の日になかなかタクシーが来ない時なんかは、みじめな気持ちになるけど、車をやめて一番良かったのは“事故を起こすんじゃないかな”という不安を免れるようになったこと。“ガシャン!”という音の残像から解放されて、ホントに心が落ち着くようになったんだ」

 折しも、立川市の事故の翌13日には、東京都小金井市で82歳、千葉県では81歳の男性が、それぞれ死亡事故を“また”起こした。

 自動運転の実用化など、先のこと。高齢者各々が自ら運転にブレーキをかけない限り、「80歳以上の車はタイヤを外す」なんて「極論」がいずれ「正論」に聞こえてきてしまっても、ちっともおかしくはないのである。

特集「走る凶器と化した『80代ドライバー』にタイヤを外した車を」より