「日本の保育園は過剰品質」 持ち帰り残業で保育士が疲弊する現実とは

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■これから「保活」のピーク

 30園申し込んでも決まらない――。わが子が生まれた喜びもつかの間、育児休業中の母親を何より悩ませるのが、「保活」問題だ。

 肌寒くなる頃から年度末までがそのピークで、今年もまた多くの人々がわが子の預け先を確保するため忙殺されることになる。

 だが、そもそもなぜ保育園がこれほど足りないのか? 認可から無認可まで、なぜ規格の違う保育園が存在するのか? なぜ保育園に入ったあとも大変なのか? パリ郊外で2児の子育てをするライター、高崎順子さんが『フランスはどう少子化を克服したか』を執筆したきっかけは、日本の保育への素朴な疑問だったという。

 本の刊行を記念して、10月末に神楽坂la kaguで高崎さんと認定NPO法人フローレンス代表、駒崎弘樹さんによる対談イベントが行われた。日本初の「共済型・訪問型」病児保育サービスを立ち上げたのち、都内に13園、仙台に2園の小規模認可保育園「おうち保育園」運営を手掛ける駒崎氏が、この日はいわば「日本代表」として育児や保育政策の現状を解説。そのダイジェストをご紹介しよう。

『フランスはどう少子化を克服したか』の著者・高崎順子氏

■パリの保活は東京より厳しい!?

駒崎『フランスはどう少子化を克服したか』を読んで、フランスの子育て支援はすごいと感心しつつ、驚いたのは保活の厳しさです。0~2歳まで、保育園に入るのが難しいところは日本と同じだそうですが、実際はどうなっていますか。

高崎 じつは保育園の預り枠、フランスでは0~2歳の全人口の16%しかないんですね。でも誰もあまり困らない。より多くの子どもたちを母親アシスタントが預かっており、その割合は46%にもなるんです。母親アシスタントは自宅で開業する保育者で、子どもを最大4人まで預かることができます。母親アシスタントの資格付与や監督は、母子保護センターという国の機関が監督しています。

駒崎 母親アシスタントに似ているのが日本の保育ママですが、こちらで保育ママは保育園の代替手段にはなっていませんね。

高崎 そうですね。じつはフランス人のお母さんにも、「0歳の子に保育園の集団保育を受けさせるのはしのびない」という人たちもいる。するとどんなに多くても4人までで、母親アシスタントの自宅という環境で家庭的に見てもらえる保育を選ぶんです。

駒崎 示唆深いですね。日本だと、保育は認可保育園しか認めないという人もいるんです。それも公立保育園が一番よくて、私立保育園までは許すけど、経営は社会福祉法人であるべき、株式会社はダメなんだっていう神話があって、保護者を混乱させています。だからフランスの、保育園のほかに母親アシスタント、ベビーシッターという現実的な手段があって、それらすべてがインフラになっている保育事情は参考になるなと。

高崎 ありがとうございます。ただフランスは、保育園も母親アシスタントも、国による認可制で、全国基準に則っているのが特徴です。そういう国から戻って日本を見ると、認可外保育園って何? そんなところに子どもを預けていいのか、という気持ちになってしまうんですよね。なぜ認可外が存在するんでしょうか。

駒崎 国が保育園を認可するという仕組みは、日本も同じです。ですがこの認可保育園、開設のハードルが高い。面積や耐震基準、保育士の数がこうでなければという高い基準があるので、すぐ増やすのが難しいんですね。預けられずに困っている親も多いので、だったら認可をとらずにやろうと始めた人がいたわけなんです。

 本来ならすべて認可保育園にすればいいと思いますが、なぜそうならないか。それだけ手厚い制度を作るには予算が足りないからです。フランスで家族関係予算に使われるお金は対GDP比で2・8%くらいですね。北欧になると3・5%にもなる。では日本はというと、半分以下の1・3%です。投入している資源が半分以下なのに、国としては出生率はフランス並みの1・8まで回復しようとしている。これどこかで聞いたような構図ですよ。竹槍で国を守ろう、頑張ればできる、という太平洋戦争の無茶ぶりをまたやっている。

認定NPO法人フローレンス代表、駒崎弘樹氏

■66の園が1人の保育士を奪い合う

駒崎 保育園を増やすにあたって、特にいま問題になっているのが保育士不足です。僕らも保育事業者として採用の難しさを痛感していますが、どれくらい難しいか言いましょう。年間の保育士の有効求人倍率は6倍、つまり6つの保育園が1人の保育士を奪い合っている。でも保育士採用のピークである11月には66倍にもなる。66の保育園が1人の保育士を取り合っているんです。結局、保育士不足がボトルネックとなって園数を増やせない。

 ですが保育士資格を持っている人は70万人いて、全員が働いてくれたら保育士不足は解消します。ただその半分しか実際には働いていない。その訳は保育士の処遇の低さなんですね。給与的水準でいうと、全産業平均から見て月額で10万円ほど低い。そのわりに重労働ですし、長時間労働でもある。いまだに政治家をはじめ「保育士が足りないなら、地域の高齢者を使えばいいじゃないか」なんて誤解がありますが、保育士はプロフェッショナルな職業です。

高崎 保育士さんをめぐる事情、深刻ですね。実際の労働内容を比較してみると、フランスの保育士には、日本の保育士と大きく違う点があります。フランスの保育士がするのは、子どもの世話だけ。入場門とか作らない。

駒崎 運動会で使う入場門ですか? あれを作らない?

高崎 ええ。折り紙や厚紙で手作りする室内の飾りとか、アンパンマンのお面とか、そういうものを仕事ととして一切作らない。フランスの保育園の室内装飾は、子供たちが作った塗り絵や切り絵などの展示が中心で、さっぱりしてますよ。日本の保育園、すごいクオリティですよね。

駒崎 やりすぎだよっていうことですね。去年の七夕飾り、同じものを今年も使えばいいんですけど、また作るのが普通ですよね。

高崎 ホントに!? なぜですか?

駒崎 それはやっぱり子どもたちが喜ぶということ、そして保育士の人たちは基本的に優しくてホスピタリティに溢れるので、作ってあげたい気持ちがあるんです。一方で、保育業界には持ち帰り残業という慣習があって、そうした制作物は持ち帰ってでもやらなければいけない。もちろん残業代は出ないですし、保育士が疲弊していく。

 フローレンスが始めた小規模保育「おうち保育園」では持ち帰り残業を一切禁止しました。そういうある種の過剰品質が保育士、保育現場を苦しめるからです。いや過剰じゃない、子供の成長に必要なんだとという気持ちもよく分かりますが、保育士が心身ともに健康であることが重要だから、そこはやはり取捨選択を業界全体として行っていかなければと思っています。

高崎 本当にそうですね。例えばフランスの園には入園式も運動会もないんですが、日本でも保育士さんの負担を減らし、子どもたちをより手厚く見守ってもらうために、行事を2カ月に1回に減らすのはどうかと提案したいですね。

Dr.週刊新潮 2017 病気と健康の新知識

■オムツ持ち帰り、フランスならストライキに!

日本の子育てのために奔走するお二人

高崎 フランスでは絶対にありえないと驚愕したのが、日本の使用済みオムツ持ち帰りです。保護者は毎日5枚のオムツに記名して登園、保育士はオムツ交換のたびに管理して、お迎えのときに保護者に手渡す。臭いだけならまだしも、下痢や感染性の胃腸炎など、感染源になるものを保育士が受け渡して家で捨てさせている。

駒崎 それをやらないところもありますが、公立保育園はそういう伝統が多いですね。子どもの便を確認して、体調を把握することは大事な親としての務めだし、学びになるからというロジック。

高崎 フランスでこの話をすると、みんな意味が分からないと言います。もしやらせたら絶対保育士のストライキが起きるっていう人も。

駒崎 ちなみにうちの園ではやっていません。現実として、ビニールに入れて受け渡ししても感染するから。ただしこの話の裏側には、園でまとめて捨てると園の廃棄物としてお金が掛かるというお金の話があります。同じ予算を使うなら、例えば絵本やおもちゃを購入したいという保育園もあるわけです。

高崎 G7に参加している国として恥ずかしいのではと思うんです。オムツで保育士や保護者、きょうだいまで感染のリスクにさらしていることを。保育園は子どもが健康に育つ場所であると同時に、親の就労支援の場でもありますよね。

 日本も国として、オムツは園で捨てると打ち出せたらどうでしょう。これが可能になれば、国が子育てしつつ働く親を支援していくという強いメッセージが伝わりますよね。すでにオムツを捨てている園もあるのだから、費用対効果にしてみたら、安いんじゃないでしょうか。

駒崎 先ほど子育て予算の話をしましたが、オムツすら園で捨てられない程度しか、我々は子どもにお金をかけていないわけです。日本の保育政策には色々なバグがあって、すぐにでも修正したい箇所が沢山ありますが、たいてい「お金がない、以上おしまい」となるんです。だからこそ、子どもに投下される予算を増やしていくのが、少子化対策の本質になると思います。

高崎 駒崎さん、まず変えていきたいことは何ですか?

駒崎 色々あり過ぎるんですが、待機児童という言葉は死語にしたい。子どもが保育園に入れるようにすることは自治体の義務なのだから(児童福祉法第二十四条)、現状は法律違反であり、これを解決しなければいけません。

 よく自治体の人が「いたちごっこ」と言うんです。保育園作っても待機児童がいくらでも出てきちゃうんだと。なに言ってるんだと思います。保育園を小学校のキャパシティ分作れば、いいだけだろうと。また病児保育を当たり前のインフラにしたいし、障害児の保育も含めて、すべての子どもに差別なく保育の光が当たる社会を作っていきたいなと思っています。

高崎 私からは一つ、今日お伝えしたかったことがあるんです。この本を書きながら感じた、日本とフランスの違いについて。何か問題が生じたときに、日本では「解決」という言葉を使いがちです。でも少子化のような複雑な社会問題って、「解決」を目指すのはとても困難なのですよね。解決の代わりに、できることは「改善」。フランスではそうして、1%ずつでも状況をよくしていこうとしています。できることを一つずつやって、穴を埋めるようにして理想に近づいていくんです。

駒崎 なるほど、解決でなくて改善ですね。

 対談時間を終えても、熱が冷めない2人。日本の保育の良さを確かめ合いつつも、「日本も真似できるところがある」フランスの子育て支援、保育の現場を確かめに行くツアーの企画が飛び出し、お開きとなった。

 日本の子育てのために奔走する2人の続報を、またお届けしたい。

デイリー新潮編集部

2016年11月11日掲載

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