トランプ大統領なら世界はこうなる! 村上政俊(前衆議院議員)

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 米露の劇的な関係改善、中国包囲網の構築、対東アジア外交……トランプが政権を奪取すれば、世界はここまで変わる。

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 どこの国の政治指導者にとっても健康問題は命取りになりかねないが、世界最強の米軍最高司令官である米国大統領にとってはなおのことだ。冷戦と湾岸戦争で二つの戦勝を挙げたにも拘わらず、東京訪問中の宮澤喜一主催晩餐会で椅子から崩れるように倒れたブッシュ父は指導者としてのイメージを大きく損ない、その年の大統領選挙でヒラリーの夫ビルに敗れた。

 ヒラリーにとっても9・11十五周年式典中によろめいた姿が、後から振り返れば決定的な瞬間となるかもしれない。安倍晋三首相は今年9月にNYで選挙戦に復帰したばかりだったヒラリーと会談し、日本政府として事実上のヒラリー支持を表明したが、ヒラリーの健康不安でトランプ大統領誕生の可能性は幸か不幸か依然としてかなりある。

トランプ大統領誕生なるか

 世界各国のインテリ層にとにかく嫌われているトランプがもし当選したら世界情勢が今後どのように展開するかを真面目に取り上げた論考は皆無であるが、事ここに至っては頭の体操(霞が関用語でシミュレーションの意)を早急に始める必要がある。

 昨年7月、米軍制服組トップである統合参謀本部議長に指名されたダンフォード海兵隊大将は、上院軍事委員会の公聴会でロシアを米国の安全保障上最大の脅威とし、次いで中国、北朝鮮、ISISであるとした。こうした米保守派の伝統的な脅威認識とは裏腹に、トランプが当選して真っ先に打ち出すのはクレムリンとの劇的な関係改善だろう。

 実はオバマも就任前年のグルジア(現在のジョージア)紛争で悪化していた対露関係の好転を試みた。クリントン国務長官はラブロフ外相との初会談でロシア語で「リセット」と書かれたおもちゃのボタンを取り出し関係の仕切り直しを演出。ただロシア語の綴りが間違っていた(○perezagruzka×peregruzka)というのが核のボタンを握る両国のその後を暗示していたのかもしれない。オバマはノーベル平和賞受賞の契機となった「核なき世界」演説の舞台でもあったプラハで、プーチンの傀儡に過ぎなかったメドヴェージェフ大統領と核軍縮を謳った新START(新戦略兵器削減条約)に署名したが、米露関係の改善もここまでだった。ロシア側が勢力圏の侵害と理解するNATOの東方拡大は撤回せず、ウクライナ危機、クリミア併合に至って冷戦後の最低水準まで落ち込んだ。

「現代のツァーリ」プーチンはトランプを才能ある人物と述べたのに対し、トランプはプーチンをオバマよりも優れた指導者だとしてエールを送ったかと思えば、返す刀でロシアを仮想敵とするNATO諸国を公平な財政負担をしていないと批判。ロシアの軍事的脅威に怯え、NATOの抑止力に縋るしかない中東欧の旧共産主義諸国はトランプの支持率回復に震えているだろう。

 トランプ大統領となって最も危ないのはNATOでは新参者の部類のバルト三国だ。南端のリトアニア西方にロシアの飛び地カリーニングラードがあるものの、三国はロシアをバルト海から隔てて欧州方面への防波堤の役割を果たしていることから、格好の標的となるだろう。

 ロシアの欧州方面への拡大欲求は古くからみられ、早くも十八世紀にはピョートル大帝が西欧への窓としてサンクトペテルブルクをバルト海沿岸に建設。第二次大戦勃発後にソ連が最初に占領したのがバルト三国だった。同様の危機感をNATOも抱いており、バルト三国とポーランドに来年から約4000人の多国籍軍の展開を決定し、対露抑止が強化された。エストニアでは英国がリード国となり、EU離脱によっても安全保障への関与には揺るぎがないことが示された。

 しかし、トランプ政権になれば、ロシアの一番の獲物となるのは間違いなかろう。バルト三国を犠牲とするのは止むを得ないとする考えは、トランプ支持を表明している共和党重鎮のギングリッチ元下院議長も示している。

 こうした犠牲の可能性を秘めながらトランプ政権下で米露関係が緩和すれば、安倍政権が進める北方領土交渉には追い風となる。ロシアとの対決姿勢を強めていたオバマ政権は一番の敵と一番の子分の接近を嫌い、ソチ五輪開会式以来となる今年5月の安倍訪露にも自粛を求めていた。日露接近に対する米国のアレルギー反応は今に始まったことではなく、日ソ共同宣言による日ソ国交回復直前に重光葵外相と会談したダレス国務長官は、日本が択捉島、国後島を諦め色丹島、歯舞諸島の二島返還で妥協するなら、米国は未だ米統治下にあった沖縄を返還しないとするいわゆるダレスの恫喝を通じて日ソ接近を牽制した。

 トランプ政権発足で米国の反対という最大のネックが取り除かれれば、領土問題解決と平和条約締結へと大きく前進するだろう。12月15日に予定される山口県長門市「大谷山荘」での安倍プーチン会談に注目が集まる所以だ。安倍は7月の参院選、プーチンは9月の下院選で勝利して国内の政治基盤を固めており、大胆な政治決断を演出する環境を整えつつある。北方領土返還を達成すれば、その余勢を駆って安倍官邸が解散総選挙に打って出るというシナリオも囁き始められている。

 なお、欧州主要国首脳はトランプに概して否定的だ。メルケルはヒラリーとの仕事は光栄だったとしたのに対しトランプのことは個人的によく知らないと発言。代わりにガブリエル独副首相が、来年春の仏大統領選挙で躍進の可能性が取り沙汰される国民戦線ルペン党首とトランプを並べ、右派ポピュリストは平和と繁栄への脅威だと一刀両断した。また、オランド仏大統領はトランプの行き過ぎた言動に吐き気がすると切り捨て、レンツィ伊首相もトランプと同じく実業界出身で下半身スキャンダルにも見舞われたベルルスコーニ元首相を念頭に億万長者の首相は厄介だと述べ足並みを揃えている。

■中国包囲網を作る

村上政俊氏(東京大学卒。外務省に入省し、国際情報統括官組織、中国大使館勤務などを経て、2012年から14年まで衆議院議員。)

 中南海にとってヒラリーは旧知の間柄だ。国務長官在任中、おしゃべり会議とも揶揄されていたARF(ASEAN地域フォーラム)閣僚会議で南シナ海での航行の自由は米国の国益だと発言し、楊潔チ(=竹冠に雁垂に虎)(外交部長が怒りで席を立つほどの激しい鞘当てを演じた。米海軍艦船の六割をアジア太平洋に配備するという中国封じ込めを本質とするアジア回帰でも重要な役割を果たした。尖閣諸島については日米安保条約第五条の適用範囲であるとするだけでなく、退任直前には施政権を一方的に害するいかなる行為にも反対すると更に踏み込んで中国を強く牽制した。こうして考えると中国は対中強硬派のヒラリーの当選を望んでいないように思える。しかし、全国人民代表大会の代表を務める実業家からクリントン財団への献金疑惑など、夫妻への中国側からの資金提供には不透明さが付き纏う。また、ビルは大統領在任中、貿易摩擦を抱えていた日本を素通りして訪中。江沢民と会談しそれまでの対中強硬策を転換して米中融和を演出したというジャパンパッシングの前歴も併せて想起すれば、ヒラリーが当選すれば日米同盟が強化され中国の膨張を一直線に封じ込めることができると考えるのは早計だ。

 中国高官からのトランプ評は現在までのところ、中国からの輸入に最大45%の関税を課すという主張を非理性的とした楼継偉財政部長の批判だけだ。トランプはプーチン、金正恩との関係改善を打ち出しているが、習近平については昨年9月の国賓訪米を批判。自分が大統領なら晩餐会ではなくハンバーガーを出すと述べ、強硬な姿勢を示した。中国に対して経済問題に的を絞り雇用を奪う相手として舌鋒鋭く批判するものの、南シナ海などの安全保障面での考えが必ずしも明確でないのは、選挙に直結する国民生活と一体の経済に焦点を当てて戦いを進めたいという意向からだろう。

 当選すれば中国を為替操作国に指定するよう財務長官に指示するなど経済面での強硬策を採用するだろうが、米中関係全般についてのトランプの考えは判然としない。とはいえ以下のような仮説は十分に成り立つのではないか。トランプは共和党主流派とは異なり米国の安全保障上の最大の脅威をロシアではなく中国と認識しており、ロシアとの関係改善意欲は、南シナ海で合同軍事演習を実施するなど蜜月関係にある中露を分断して中国を孤立させるためのものだ。当選の暁には日本などの同盟国だけでなく、ロシアをも取り込む形での中国包囲網を築こうとしている――判断材料が乏しいので現時点では憶測の域を出ないが、仮にこのような展開になれば中国の軍事的脅威に苦慮する日本にとっては極めて好都合であり、プーチンとの関係を重視する安倍外交とも波長が重なる。

 中国としてはトランプの出方が全く読めない。よって、米国はもはや世界の警察官ではないと宣言し軍事力行使による秩序維持に極めて後ろ向きだったが、レームダック化でその可能性がほぼゼロとなったオバマ政権の間に、南シナ海や東シナ海で自国を利する既成事実をできるだけ多く積み重ねておこうとするだろう。常設仲裁裁判所で中国に完全に不利な判決が出たにも拘わらず侵略速度を緩めようとしない南シナ海では、東シナ海に続いてADIZ(防空識別圏)を設定することが考えられる。中国は、日本の領空である尖閣諸島上空を含むという日本としては全く受け入れられない形で東シナ海にADIZを設定したが、米軍は即座にこれを無視してB52戦略爆撃機2機をグアムのアンダーセン空軍基地から当該空域に飛行させ中国の主張を無力化させた。

 日本として最も注意しなければならないシナリオは、交渉と取引が好きなトランプが習近平をディール可能な相手だと勘違いすることだ。トランプは、習近平との対話に熱心だったが全く奏功しなかったオバマの失敗を思い起こすべきだ。オバマが信頼を寄せホワイトハウスで安全保障を取り仕切る大統領補佐官ライスは、G2構想の裏返しといえる習近平政権が提示した新型大国関係に一時は理解を示すなど極端な親中軽日だ。国連大使だったライスは、安保理常任理事国であり北朝鮮問題や気候変動で鍵を握る中国との協調が必要との考えだ。こうした発想はオバマ外交に色濃く反映されたが、結局は中国の増長を招いて習近平が鄧小平以来の韜光養晦路線をかなぐり捨てる結果となり、日米は中国のあからさまな挑戦に直面することとなった。トランプは習近平との無警戒な対話路線に踏み出すべきではないし、安全保障担当の高官には正しい中国認識を持った人物を登用しなければならない。

 台湾情勢への影響も考えたい。米中国交正常化によって米台は断交し正式な国交はないものの、米国は台湾防衛を盛り込んだ台湾関係法を制定して事実上の同盟関係を維持し、武器売却を通じて台湾の防衛力整備を助けている。これに対して中国は、米国が武器を売却するたびに抗議を繰り返している。ビジネスマンのトランプとしては、対価を台湾が支払う限りにおいては中国の反対があろうと武器売却を継続するだろう。それどころか台湾が購入を希望しながら実現していないF16C/D戦闘機の売却にも、現在台湾に売却されているA/B型よりも新型で高値ということもあり、価格面で折り合いがつけば応じるかもしれない。

 問題は台湾有事における米軍の救援が今後もコミットされるかだ。米軍は台湾に駐留していないので、中国が台湾を侵略した場合は在日米軍が中心となって有事に当たり、日本も昨年成立した安保法制に基づき集団的自衛権を行使することになるだろうが、トランプは在日米軍の今後に問い掛けを発しているので、台湾海峡で中国への抑止力が十分に働くかが心配される。選挙戦において台湾に関するトランプ自身の言及は皆無だが、他の発言から類推すれば台湾の核武装についても容認するかもしれない。台湾が核武装すれば中国の軍事行動は必至なので蔡英文が踏み切る可能性は高くはないが、蒋介石時代に核開発計画を進めたものの米国の圧力によって断念したという過去もある。

■北朝鮮との取引はあるか

 オバマ政権は北朝鮮に対して戦略的忍耐で臨むとしたが、北朝鮮がこれまでに強行した5回の核実験のうち、今年1月、9月を含む4回が核なき世界を掲げたオバマ在任中だったのは皮肉でしかない。中国が北朝鮮に原油や食糧などの戦略物資の提供を続けていることから、各国の制裁は骨抜きにされ、北朝鮮に充分な打撃を与えるに至っていない。オバマは軍事力行使によって核開発を阻止するわけでもなく、外交的に北朝鮮を追い詰めるわけでもなく、ただただ手を拱いて北朝鮮に核開発の猶予を与えてしまった。オバマ自身の興味は同じ核開発疑惑でもイランへと向かい、戦略的忍耐は単なる無関心と化して完全な失敗に終わったといえる。ヒラリーが大統領になってもこうした北朝鮮政策の方向性に大きな変化はないだろう。

 金正恩と直接会談する用意があるとトランプが表明。北朝鮮側もトランプを長期的な視点を持っていると肯定的に評したが、これは北朝鮮が熱望している米朝直接対話の実現にはトランプの方が有利とみる表れだろう。北朝鮮が米国から引き出したいのは、核保有国としての地位の承認、休戦協定の平和協定への衣替えだとみられる。北朝鮮が重要な教訓としているのがリビアの顛末だ。リビアの独裁者だったカダフィ大佐は核放棄に応じて経済制裁が解除されたが、米軍を中心とした多国籍軍の攻撃を受け政権は転覆。カダフィは死亡した。同じく独裁者の金正日、金正恩がどのような心境でカダフィの最後を眺めたかは想像に難くない。北朝鮮は、核放棄と引き換えに経済的利益を得たとしてもいずれ軍事的手段によって体制が覆されるとの盲信を強め、体制維持のためには核兵器が絶対不可欠と考えており、核保有を米国が認めることへの強い拘りを持っている。トランプが北朝鮮との直接交渉に踏み切れば、最大の焦点は正にこの一点となるだろう。

 中国は朝鮮戦争を共に戦った北朝鮮との間で中朝友好協力相互援助条約という同盟関係を維持しており、第二条の参戦条項も有効だ。中朝関係を端的に表すのが唇亡歯寒(唇[北朝鮮]が亡くなれば歯[中国]が寒い)という言葉で、北朝鮮は中国にとって米国との間の地政学上の緩衝地帯となっている。北朝鮮がどれだけ国際社会から孤立しようと中国が最後の梯子を外さない理由はここにあるのだ。中国はトランプ政権が発足した場合、自身に好都合の次のようなシナリオを描くだろう。北朝鮮の核放棄とセットでの在韓米軍撤退だ。中国は朝鮮半島の非核化というフレーズをよく用いるが、表面的には北朝鮮に核放棄を促しながら、本当の狙いは米国の韓国への核兵器配備を牽制することにある。中国の中長期目標は米軍を東アジアから追い出すことだ。在韓米軍は最も目障りな存在の一つであり、こうした考えは朴槿恵のTHAAD(高高度防衛ミサイル)配備決定による米韓連携強化に対する異常ともいえる拒否反応からも容易に見て取れる。

 在韓米軍を巡り中国が最も恐れているのは、北朝鮮が崩壊した場合に米韓主導で朝鮮半島が統一されて米軍が旧北朝鮮領に進入し、中国と朝鮮半島を隔てる鴨緑江を挟んで米中両軍が対峙するという展開だ。中国としてはこうしたシナリオを避けるため、在韓米軍の将来に問題提起しているトランプに、在韓米軍の撤退を約束するのであれば北朝鮮に核放棄を飲ませるというディールを持ち掛けるだろう。一見イーブンのようなこの取引には大きな罠が仕掛けられている。まず北朝鮮が実際に核放棄に応じるかという点だ。先述の通り北朝鮮は核兵器を自国の生命線と考えており、その放棄を頑なに拒んでいることから、一旦取引が成立したとしても中国は在韓米軍撤退という餌だけを食い逃げする可能性がある。また、仮に北朝鮮から核兵器が撤去されたとしても中国の核という桁違いの脅威が厳然と存在し続けるので、在韓米軍が撤退してしまえば朝鮮半島には中国に有利な力の空白が生じることとなり、日本の安全保障にも重大な危機が訪れる。

 こうした点をトランプは理解している節がある。在韓米軍を含む米軍の駐留経費節減を目指して同盟国に財政負担増を求めると同時に、同盟国の自主防衛力強化と核武装容認によって力の空白が生じることを防ごうとしているようにみえるからだ。

■韓国の核武装化

 流れにいち早く飛びつこうとしているのが来年12月に大統領選挙が予定される韓国だ。潘基文と並んで非革新陣営の大統領候補と目される金武星前セヌリ党代表ら有力政治家が、冷戦後に撤去された米軍戦術核の再配備とともに、韓国自身の核武装について積極的に発言しているのだ。韓国の核武装論は新しい話ではない。カーターの在韓米軍撤退検討などに触発され、朴槿恵の父である朴正熙が1970年代に構想したものの、米国の反対で断念に追い込まれている。しかし、93年に北朝鮮がNPT脱退を表明。翌年の第一次核危機ではビルが北朝鮮に対する空爆を検討するなど、冷戦終結にも拘わらず朝鮮半島では緊張が持続したことで韓国は核武装計画に再び手を染め、IAEAの査察を受けた。

 何かにつけて日本と同等、できれば追い越したいという屈折した心理が結局は仇となる韓国は、米国との原子力協定を日米並みの水準に引き上げることを悲願としている。核保有国以外で使用済み核燃料の再処理とウラン濃縮を公認されているのが日本だけというのは不公平だという怨念からだ。昨年6月に署名された改定協定では、全面解禁には程遠かったものの規制が一部緩和され、将来の核武装を睨んだ布石としての思惑が見え隠れする。

 オバマ政権や議会共和党は韓国の核武装を認めない方針だ。米韓は10月中旬に外務防衛閣僚会合を開催予定だが、米国の核の傘を再確認することで議論を鎮静化しようとしている。また、共和党の次世代ホープであるライアン下院議長に加えて竹島問題で韓国支持という究極の親韓派のロイス下院外交委員長さえも、訪米した韓国の国会議員団に対して韓国の核武装を認めないと発言している。しかし、歴史的経緯から考えれば、北朝鮮からの軍事的脅威と米軍のプレゼンス縮小という条件下で韓国が核武装を検討していたことがわかるが、トランプ大統領となれば二つの条件が揃うこととなり、韓国での核武装論は益々白熱するだろう。

 韓国の進路のもう一つの可能性が中国への再傾斜だ。朴槿恵は政権発足当初から日本には目もくれず中国との関係強化にのめり込み、中韓FTAによって経済的依存を深めただけでなく、中国主催の抗日戦勝軍事パレードへの異例の出席、米国を支持すべき南シナ海問題での中立的態度といったように、米国の同盟国であるにも拘わらず安全保障面でも中国寄りの立場を示し米中の間で二股膏薬外交を展開した。しかし、最も期待していた中国の北朝鮮への影響力行使は実現せず、それどころか北朝鮮が水爆実験と嘯いた4回目の核実験の際は、朴槿恵が何度電話をしようとしても習近平からは梨の礫という仕打ちに遭い、漸く米韓同盟重視へと回帰。北朝鮮の脅威に備える為にTHAAD配備を決定した。

 朝鮮半島への関与をトランプが低下させた場合、韓国が自主防衛力強化や核武装という選択をしないならば、米韓同盟路線を離脱して中国に再び接近するだろう。そうなれば、韓国は李氏朝鮮末期の迷走を再演することになる。十九世紀後半の朝鮮王朝は、元来の宗主国であった清に加えてアジアでいち早く近代化を達成した日本、極東への影響力拡大を狙ったロシアという強国に囲まれた国際環境下で、目まぐるしく事大の対象を変えた挙句に日本の植民地へと転落。政権発足前は米韓同盟重視派と目されていた朴槿恵の外交的迷走は、半島国家の歴史的DNAの発露といえそうだ。韓国が経済だけでなく安全保障でも中国の完全な影響下に入る場合、我が国は対馬海峡を挟んで中国陣営と直接対峙することとなり、緊張は一挙に高まる。中国は東シナ海、日本海双方に抜群のアクセスを誇る済州島への軍事的進出を以前から目論んでおり、人民解放軍海軍の駐屯の可能性も考えられる。その前段階のように、中国人観光客が押し寄せている済州島への中国警察の派遣が提起され、韓国外相も前向きな姿勢を見せるというおよそ独立国家の体をなさない事態が既に進行している。

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 トランプ政権が発足すれば今までの国際政治の多くの前提が覆される。日本としては新たに生まれる可能性を生かす創造的な外交力が必要になるだろう。

村上政俊
前衆議院議員。1983年大阪市生まれ。東京大学卒。外務省に入省し、国際情報統括官組織、中国大使館勤務などを経て、2012年から14年まで衆議院議員。現在は皇學館大学、同志社大学で講師を務める。

新潮45 2016年11月号掲載

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