小林麻央、転移でも折れない強さの拠り所

芸能週刊新潮 2016年10月6日号掲載

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 9月からほぼ毎日、ブログを更新しつづけ、病魔との戦いにも、少なくとも“折れる”ところを見せることなく、がんが肺や骨にも転移していることまでサラリと書き記す。小林麻央(34)の強さの拠り所は、どこにあるのだろうか。

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〈この時点では、まだ脇のリンパ節転移のみだった。(その後、現在肺や骨などに転移あり)〉

 麻央が9月から綴っている「KOKORO.」と題したブログに、〈告知日〉というタイトルのもと、そう書いたのは20日のこと。要は、初めてがんを告知された一昨年10月のことを記し、カッコでさり気なく、現在の状況を付記しているわけだが、専門医にはその記述だけで、彼女の病状がはっきりわかるのだそうだ。

 そこに触れる前に、麻央が今に至るまでを振り返っておきたい。さる医療関係者が打ち明ける。

「麻央さんが人間ドックの超音波検査を受け、左胸に乳がんが疑われる所見が認められたのは2014年2月のこと。その後、市川家と縁が深い港区の病院の乳腺外科に行きますが、ミルクの塊の乳瘤(にゅうりゅう)だろう、と診断されます。ただ授乳期間中は間違いやすいので、医師は“半年後に来てください”と伝え、麻央さんは10月に病院を再訪。エコーなどで乳がんだとわかり、急いで組織検査の針生検を行い、乳がんという診断が確定します」

彼女の強さの拠り所はどこにあるのか

 ブログに書かれていたように、がんは脇のリンパ節に転移していた。だが、がん治療に詳しい三浦病院の三浦健院長は言う。

「乳がんが全身に転移してしまうと手術をしても間に合いませんが、それだけの転移であれば、まだ乳がんが局所に止まっている状態なので、手術が有効である可能性が高いのです。それなのに、なぜ小林さんは手術を受けなかったのか。考えられるのは、もっと病状が酷かったか、本人が手術を受けないことを強く希望したかのどちらかです」

 実際、先の関係者によれば、港区の病院は、

「抗がん剤を使ってリンパ節をはじめ全身に散らばったがん細胞を叩き、手術で局所を取り除くことを提案しました。この“標準治療”で完治できる可能性はかなり高かった」

 ところが、である。

「麻央さんは“標準治療”を拒んで、大事な時期にこの病院を離れます。病院が麻央さんを説得しきれなかったのです。結果、今入院している中央区の病院を訪れるまでの約1年半、何をしていたのかわかりません。可能性が高いのは、免疫療法など“非標準治療”に頼っていたということ。しかし今春、俗に“花が開く”と言われますが、乳がんが皮膚から飛び出してしまうほど悪化し、今の病院を訪ねたのです」(同)

■がんとの共存を

 麻央は9月4日のブログに、こう書いている。

〈あのとき、もっと自分の身体を大切にすればよかった/あのとき、もうひとつ病院に行けばよかった/あのとき、信じなければよかった〉

 非標準治療に頼ってしまった自分を悔いて、こう吐露したのだろうか。

 乳腺外科、ベルーガクリニックの富永祐司院長は、

「麻央さんは、母親が乳がんだというのと、年齢が若いことから、家族性乳がんの可能性が非常に高い。その特徴は進行のスピードが速いこと。急激に全身に転移するような特性があって、非常に危険なのです」

 と見解を述べたうえで、こう診断する。

「身体の1カ所にでも遠隔転移していれば、ステージ4と診断され、その中でも骨だけでなく肺にまで転移していると、完治は難しい。今後は、痛みや苦しみを取り除いてあげながら、がんとの共存を目指していくということです」

 再び、医療関係者が言うには、今の病院では入院当初から「緩和ケア科」にかかっているという。

「痛みを取り除くなどホスピス的な治療を行うところで、腫瘍内科に外来受診する形で、抗がん剤の投与やホルモン療法の指示を受けているそうです。麻央さんがブログに、食欲があると書いているので、元気なのではないかと思う方も多いようですが、乳がんは胃がんなどと違い、ずっと食欲が続くことが多いんです」

 先の富永医師は、

「がんと共存し、進行を食い止めようと努力し続けるには、家族や大切な人の精神的サポートも大切です」

 と語る。それが得られるのに加え、ブログに綴ることで励ましを得られることも、彼女の“拠り所”になっているのだろう。

「ワイド特集 よろめく明日」より