「“絵になる障碍者を探せ”でいいのか」百田尚樹氏が“あの番組”を斬る!

社会2016年9月6日掲載

「“絵になる障碍者を探せ”でいいのか」と百田尚樹氏

■障碍者=美談でいいのか論争

 日本テレビの「24時間テレビ」に関しての議論が起こっている。きっかけとなったのは、NHK・Eテレ「バリバラ」。普段から障碍者を扱っている「バリバラ」が、8月28日に「障碍者と感動」を結びつける風潮に疑問を投げかける内容の放送をしたことで、かねてより賛否の分かれる「チャリティー番組」について、様々な意見がネット上などで飛び交うこととなったのである。

 この「チャリティー番組」のあり方について、作家の百田尚樹氏は、ベストセラーとなった著書『大放言』の中で、放送作家としての経験も踏まえながら、論じている。以下、『大放言』の中の「チャリティー番組は誰のため?」から、一部を抜粋して引用してみよう。

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■絵になる障碍者

 私が一番嫌なのが、系列局が作った「障碍者ドキュメンタリー」が挿入されるところだ。

 私もテレビ業界の端くれにいる人間なので、そのドキュメンタリーの制作の内側をある程度知っている。

 まずリサーチャーが集められ、プロデューサーから「ドキュメンタリーになりそうな障碍者を探してこい」と言われる。

 リサーチャーたちが方々駆けずり回り、「障碍を持ちながら、頑張って何かに取り組んでいる人たち」を見つけてきて、会議に出す。プロデューサーやディレクターや構成作家たちがそのリストを見ながら、撮影対象者を選ぶ(中略)

 ここからはあまり詳しくは書けないので、読者に推し量ってもらいたいのだが、要するに映像を見てすぐにどんな障碍を持っているかがわかるのがベストということだ。あと、軽い障碍よりも重い障碍(ただしあまりに重いと深刻すぎてだめ)、大人よりも子供、男性よりも女性のほうが「絵になりやすい」と考えられている。そこに周辺の家族のドラマがあればよりいい。

 そして障碍者が取り組んでいるテーマは、ただの日常生活ではダメ、できればスポーツや音楽や芸術関係のほうがいい。他にもいくつかポイントがあるが、皆で意見を出し合って、最終的にはプロデューサーとディレクターが「絵になる」障碍者を選ぶというわけだ。

 本来、ドキュメンタリーとは、「『ハンデを背負って生きている障碍者』の存在を知った番組関係者が、彼あるいは彼女が懸命に頑張っている姿に感動して、その生き様を多くの人に知ってもらいたいため」に作るというのが形のはずだ。

 しかし某番組はそうではない。「チャリティー番組」として放送するために障碍者を探すという本末転倒な作り方をしているのだ。そのためにリサーチャーに何人もの候補者を探させ、それを「絵になる」という基準で取捨選択するという姿勢は、私にはとても受け入れられない。

 その番組は全国の系列ネット局の多くが制作に参加する。ここだけの話、構成作家のギャラも通常よりはかなりいい。実は私も過去に何度か声をかけられたが、すべて断ってきた。チャリティー番組をやるなら構成作家もギャラを受け取ってはならないと思っていたからだ。

「もらったギャラを寄付すればよかったのでは?」と言われればそうなのだが、そこまでしてやりたい仕事ではなかった。

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■偽善は堂々とやってほしい

 もっとも、視聴率の高い番組で放送されることによって多くの人が障碍者の実態を知り、彼らを支援していこうという輪が社会全体に広がるのは間違いない。

 ボランティアや寄付は多かれ少なかれ偽善だという極論もある。何より大事なのは結果である、と。

 番組全体を見ても、多額の寄付が集まるのはたしかだ。

 それらは実際に貧しい人たちや恵まれない人たちを助けることになる。

 ふだん寄付なんかあまり行なわないようなスポンサー企業も、この日ばかりは企業イメージアップのために多額の寄付をする。

 だから番組の社会貢献度は非常に高いと言えるし、放送する意義もあるいい番組だと思っている。

 もしテレビ局がこの日1日の収益(CM料金)から経費を差し引いた分のすべてを寄付に回していたら、私は両手をあげて番組を絶賛していただろう。

 地上波の電波は総務省の認可を受けているとはいえ、実質的には数局の独占事業である。

 民放キー局は収益から見ればタダに近い電波利用料で「公共の電波」を自由に使い、莫大な利益を得ている(電波利用料の約500~800倍!)。

 キー局および準キー局の局員の給与はあらゆる業種の中でも群を抜いて高いし、有名タレントの高額ギャラは庶民感覚を超えている。

 その恩恵のお返しの意味でも、1年に1日くらいは採算を度外視したチャリティー番組を放送してもいいのではないか、というのが私の素直な気持ちである。

 逆に儲けてどうするのだ。番組そのものは素晴らしいだけに、惜しいと思う。

■杉良太郎氏に痺れた

 慈善を訴えるなら、まず自らがそれを行なってほしい。

 それで思い出すのは杉良太郎氏の行動だ。人気俳優である杉氏は若い頃から慈善活動をしているのはよく知られている。毎年、私財を何千万円もなげうって恵まれない子供たちや障碍を持った人たちに寄付をしている。

 親のないベトナムの孤児を70人以上も養子にしている。

 先の東日本大震災でも、杉氏は妻(伍代夏子氏)や事務所のスタッフらを引き連れて被災地を訪れ、車両12台(20トントラック2台、タンクローリー車1台、冷蔵・冷凍車2台、その他の車7台)で、多くの救援物資を届け、杉氏自身が味付けしたカレーライス5000食、豚汁5000食、野菜サラダ3000食を被災者に提供した。さらに水2トン、男女下着類4000枚、歯みがきセット1万セットなども持ち込んだという。はたしてこれがどれくらいの費用になるかはわからないが、1億円は優に超えるだろう。

 杉氏がこれまでに慈善活動に費やした金額は総計すると数十億円と言われる。驚くべき額である。そんな杉氏に、「偽善だろう」という言葉を投げかける人が少なくない。あるインタビューでそう聞かれたときの杉氏の答えがふるっている。

「ああ、偽善で売名ですよ。偽善のために今まで数十億円を自腹で使ってきたんです。私のことをそういうふうにおっしゃる方々も、ぜひ自腹で数十億円を出して名前を売ったらいいですよ」

 実にかっこいいセリフである。

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 番組や慈善についての考え方は様々である。百田氏の意見についても賛否が分かれるところだろうが、こうした問題についての議論がオープンに行なわれることは、決して悪いことではない。2つの番組の制作者たちも、その点については一致しているのではないだろうか。

デイリー新潮編集部