騎手・調教師の武邦彦氏が逝去 1538勝、武豊の父

スポーツ 週刊新潮 2016年8月25日秋風月増大号掲載

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 昭和の時代を飾った男が、また一人、この世を去った。

 名ジョッキー武豊(47)と弟、幸四郎(37)の父親で、自身も現役時代は、「ターフの魔術師」と呼ばれた武邦彦さんが、8月12日、滋賀県の入院先で息を引き取った。享年77。肺ガンだった。

 京都府出身の武は、昭和27年(1952)に騎手見習いとなったが、デビューは5年後。開花するまでに、さらに15年が掛かった。

 ビッグレースでの初勝利は、33歳だった昭和47年。アチーブスターという8番人気の馬で桜花賞を。同年の日本ダービー、さらに、50年代前半までで、菊花賞、皐月賞、有馬記念などを獲得。計1163勝の戦績を残した。調教師時代も含めると1538勝となる。

 ベテラン記者の話。

「同じ時代の福永洋一が天才ならば、遅咲きの武は努力型と言えます。昭和48年に菊花賞レースで、武は6番人気のタケホープに騎乗し、ハイセイコーを破りました。この時、嶋田功という騎手が乗ることになっていたのですが、足を骨折したため、武が乗ることになったのです。武は嶋田の家を訪ねて、馬の癖を細かく取材したそうです」

 勝利の裏には、隠れた努力があったというわけだ。

 競馬ジャーナリストの片山良三氏が言う。

「レース序盤は陰で目立たないのに、いつのまにかいい場所に来る。“魔術師”と言われる所以です。力みがなく、手綱を持っているかわからないほどでした。人間が構えていたら馬に伝わるからダメだと言い、普段から平常心を保つためなのか、飄々としていました」

 騎乗スタイルは、息子たちへ受け継がれ、自身は調教師を引退した平成21年から、解説者として活動。

「今年3月から、体調が悪くなり、入退院を繰り返していました。初夏になって急激に悪化したそうです」(前出の記者)

 5月には競馬場に足を運ぶ姿も見られたが……。