大記録達成の裏にあるイチローとチチローの断絶…父と顔を合わせないように里帰り

野球週刊新潮 2016年6月23日号掲載

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“ピート・ローズ超え”を果たしたイチロー外野手(42)

 日米通算安打4256を上回り、“ピート・ローズ超え”を果たしたイチロー外野手(42)。メジャー3000本安打の記録も目前に迫り、所属するマーリンズでも「ここぞとばかり電光掲示板にイチローの通算安打を表示するなど、お祭りを盛り上げようとしています」(メジャーリーグ評論家の友成那智氏)

 が、そんな慶祝ムードに暗い影を落とす「厳然たる事実」がある。不世出のプレーヤーは、郷里の父との間に横たわる“わだかまり”を、いまだ解きほぐせないでいるのだ。

■弓子夫人の登場で…

 通称「チチロー」こと父の宣之さん(73)との確執については、これまで度々報じられてきた。

 イチローは1999年12月、元TBSアナウンサーの弓子夫人(50)と入籍。スポーツ紙デスクによれば、

「弓子さんは8歳年上で、婚約していた栗山英樹・日本ハム監督との破局も報じられていた。結婚相手を“イチローの妻”ではなく“鈴木家の嫁”として捉えていた宣之さんからすれば、手放しで喜ぶ気持ちにはなれなかったのです」

 実際に宣之さんは当時、テレビ番組で、

〈2、3歳上なら理想的だった。10歳離れるとアウトだったけど、7歳は、ギリギリセーフかな〉

 などと発言し、しきりに「早く孫の顔が見たい」とも漏らしていたという。翌2000年には、地元の愛知・豊山町に2階建て延床面積520平方メートルの豪邸が竣工。隣に建てられた「イチロー記念館」も、同年秋にオープンした。

「宣之さんは、幼少期から野球一筋で手塩にかけてきたイチローが、自分の大好きな中日に移籍し、新築した豪邸で一緒に住む日を思い描いていた。その夢が、弓子夫人の登場でガラガラと崩れていったわけです。まるで大切な“作品”を奪われたような寂しさに襲われたのは、想像に難くありません」(前出デスク)

 おかげで、球界屈指のスターである夫と、子離れできない義父との板挟みに遭った新妻は、

「結婚当初、食材のネギ1本買うのにも宣之さんから領収書を貰うように言われるなど、事細かに干渉されていると報じられたこともありました。そうした暮らしに息苦しさを感じたのでしょう、彼女はわずか数カ月で豪邸を出て、神戸で単身生活していたイチローのもとへと向かうのです」(同)

■「“他人”任せにしたのがいけなかった」

 そして、00年10月のメジャー挑戦表明へと続いていく。

「その背中を押したのは他ならぬ弓子夫人。メジャー移籍に反対していた宣之さんは、イチローが会見する当日の朝まで何も知らされていなかったのです」(同)

 渡米後も、夫婦とチチローとの溝は深まるばかりだった。さるスポーツジャーナリストが振り返る。

「02年11月、豊山町で催された『イチロー杯争奪学童軟式野球大会』の表彰式でイチローは、野球少年に向かって『大リーグ挑戦を父に反対されて辛かったけれど、意思を貫いてよかった。自分で決断ができる大人になってほしい』と挨拶しました。その場には当の宣之さんもいたのですから、完全な確信犯です」

 また03年初頭には、

「オリックス時代のCM出演料などを個人所得とせず、父親が代表を務める『オフィス・イチロー』の所得に計上していたとして、名古屋国税局から約9000万円の申告漏れを指摘されたことが発覚しました。この時もイチローは『他人任せにしたのがいけなかった』と、父親の不手際を露骨に非難するコメントを残しています」(同)

 かてて加えて、

「イチローは、宣之さんが講演などで事あるごとに自分の名を使うことに嫌気がさしていた。豪邸に隣接する記念館についても快く思っていません。そもそも『チチロー』というのも、露出の多さゆえメディアがつけた呼称。これまでも『黙っていてほしい』と苦言を呈してきました」(同)

 04年、シーズン258安打のメジャー新記録を打ち立てた際、「誰に感謝したいか」と問われたイチローは、二人三脚で歩んできた父には一切触れず、夫人と愛犬の名を挙げるのみだった。

■夫人の実家には…

 こうした確執は、徐々に断絶へとエスカレートしていく。島根県松江市に住む弓子夫人の母親によれば、

「(夫婦は)年に一度、ここに帰って来ます」

 とのこと。現地でイチローは、弓子夫人を助手席に乗せて自ら運転し、近くの運動公園でランニングに励むという。が、その一方、

「オフに帰国しても、夫婦は豊山町、とりわけチチローのもとには近づこうともしません」(事情通)

 前出の「イチロー杯」表彰式でも、毎年出席するイチローの意向もあってか、宣之さんは数年前から姿を現さなくなった。代わりに、

「昨年は母親の淑江さんがイチローとともに出席したので、急きょ席を用意しました。現在、断絶した父子の間を辛うじて取り持っているのが母親。こうした束の間の帰郷の際、イチローは父親と顔を合わせないよう、目立たない形で実家にも短時間立ち寄っているのです」(同)

 その実家を訪ねると、

「記録の達成は、嬉しく思っています。よく頑張ったなあと……」(淑江さん)

 と言うのみ。

 イチロー一家と長年親交がある地元の寿司店も、

「毎年参加しているオリックスの自主トレの時期にも、お母さんは神戸まで会いに行っているようです」

 そう明かすのだが、父との“距離”は変わらず。

「イチローは『墓参りに来た』と、この2月に1人で店に来てくれました。いい目をしていたから今季は活躍するだろうなと思っていたのです。お父さんも来店しますが、いつも別々。でも、こうして節目の記録も達成したわけだし、引退したらまたお父さんと話せる日も来るでしょうね」

 カウンターに並んで寿司をつまむ日は、果たしてやって来るのだろうか。

「特集 祝4257安打! 前人未到の大記録達成! 偉大な『イチロー』と『チチロー』の完璧なる断絶」より