オバマ大統領の広島訪問 米国が正当化する“日本降伏のためには原爆投下しかなかった”は本当か

社会週刊新潮 2016年5月26日号掲載

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原爆ドーム

 2009年に就任し、ノーベル平和賞も受賞したオバマ米大統領(54)は、広島訪問についても検討し続けてきたという。5月27日に行われる訪問を前に、広島と長崎で計21万人以上を焼き尽くした「原爆投下」が何だったのか、ということをしっかり定義しておく必要があるだろう。

「日本を降伏させるには、原爆投下という唯一の選択肢しかなかった。これがアメリカのレトリックです」

 と述べるのは、早稲田大学社会科学部の有馬哲夫教授(メディア研究)である。

「原爆投下がなければ、アメリカは本土上陸を実行しなければならなかった。けれど、九州から関東へと上陸していけば、九州だけで米兵は5万人、日本兵はその3~4倍が死に、民間人を含めれば犠牲者はもっと膨らんだ。原爆投下は、その死者よりも何倍もの人命を救ったから正当である。これが正当化論の典型的なパターンです」

 しかし、これは明白な誤りであると喝破するのだ。

「戦争も終盤に差し掛かると、日本は“国体の護持”を条件に降伏する意思を持つようになった。アメリカはこれを暗号解読を通じて知っていました。それを受け、1945年の6月になると、アメリカ政府の中にも、日本に条件付きの降伏を認めようという動きが出てきていたのです」

■ソ連にアメリカの力を見せつけるため

 その中心人物がジョセフ・グルー国務長官代理だった。彼は、トルーマン大統領に日本への降伏条件を告げる文書の草案を送る。この際、条件には「現在の皇室のもとでの立憲君主制」という文言を入れていたのだという。

「つまり、アメリカには原爆を落として日本を無条件降伏させること以外に、条件付きの降伏を突きつける選択肢があった。これなら日本は降伏を呑んだ可能性が高い。ところが、トルーマンは判断を先送りし、原爆実験成功後、グルー提案の文言を削除した『ポツダム宣言』を出したのです」(同)

 すなわち、トルーマンは、犠牲者なく日本を降伏させる道をあえて取らなかったということになる。

 なぜか。

「それは戦後のヘゲモニーを握るため、ソ連にアメリカの力を見せつける必要があったからです。アメリカは、スターリン率いるソ連が戦後、敵国になることを予想していた。アメリカには原爆を投下するに当たって3つの選択肢がありました。無人島、軍事目標、そして軍事目標に近い大都市です。そのうち、わざわざ最も被害が大きくなる広島と長崎を選んだのは、戦後、アメリカ中心の国際秩序を築くために、原爆の威力を最大限に見せ付けなければならなかったからです」(同)

 アメリカはその通りに、戦後、超大国として世界に君臨し続ける。彼らが原爆を落としたのは、「軍事」より、「政治」的な要請が著しく強かったと言えるのかもしれない。

■原爆より「ソ連参戦」が影響した

 さらに、である。

「アメリカの原爆投下は、本当に日本の降伏に結びついたのでしょうか」

 と疑問を呈するのは、カリフォルニア大学サンタバーバラ校歴史学部の長谷川毅教授(ロシア史)である。

「降伏直前、日本はソ連の斡旋で戦争を終結させようとしていました。そのため、スターリンが署名していないことを理由にポツダム宣言を黙殺しました。仮に原爆投下が降伏への決定的なファクターだとしたら、8月6日のすぐ後に降伏の決定がなされていたはず。しかし、原爆投下の直後、東郷茂徳外務大臣が時のソ連大使に送った電報の中身は、『いち早くソ連と連絡を取って、戦争終結の斡旋を急ぐように』。これだけ情勢が逼迫してもなお、まだ日本はソ連を介した和平交渉という政策を変えなかったのです」

 当時の日本の最高意思決定機関は『最高戦争指導会議』である。原爆投下直後もこの会議は招集されなかった。

「8月7日、8日にも会議は開かれない。開かれたのは長崎に原爆が落とされたのと同じ9日に、ソ連が突如、日本に戦端を開いてからです。藁にもすがる思いで全ての期待をかけていたソ連が参戦して初めて会議が開かれ、降伏が決まった。つまり、原爆投下よりもソ連参戦の方が日本の降伏に大きな影響を与えたと言えるのです」(同)

 つまり、アメリカは、日本を降伏させるために原爆を投下する必然性もなかったし、投下しても降伏させられなかったことになる。「唯一の選択肢」との論理は根底から崩れていると言えるのだ。

「トルーマンは、ソ連が日本に参戦すれば、戦争の終結は早まるけれど、極東において影響力を増大させるであろうことを懸念していました。原爆はこのジレンマを一気に解決する手段でした。原爆投下は、確かに日本を降伏させるための手段ではありましたが、それが唯一の目的ならば、投下以前にソ連の参戦を要請する選択肢もあった。これを回避し、ソ連参戦前に日本を降伏させることがトルーマンの狙いだったのです」(同)

■95%の犠牲が民間人

 原爆開発計画を取り仕切っていた陸軍のグローブス将軍は、「原爆を2発落とした理由」についてこう述べていたという。“1発目はその効果を、2発目は大量の原爆保有を示すため”。

 こうして落とされた原爆のうち、民間人の犠牲者の割合は95%。数にして20万人以上に達する。

 国際法では無差別爆撃を禁止している。原爆投下はそれにもとる行為と言える。加えて、

「毒ガスの使用も禁止していましたから、それ以上に残虐な兵器である原爆も当然、国際法上で禁止されていたと解釈することも可能です」(同)

 1945年=85%

 2015年=56%

 これは、ギャラップ社とピュー・リサーチ・センターの世論調査において「原爆投下は正当だった」と答えたアメリカ人の割合だ。

 上記のような「正当化」の論理破綻は、当事者のアメリカにおいてですら、認識され始めているワケだ。

「特集 『ケネディ大使』は『オバマ切腹せよ』の世論を心配? 謝罪要求は十八番なのに『朝日新聞』はなぜダンマリ?『オバマ大統領』が広島でやるべきこと」より