崩御を受けてようやく発表 死して聞き届けられたその思い〈がん告知を主張した医師の遺書 初公開(4)〉

社会週刊新潮 2016年3月3日号掲載

 昭和62年9月、「病理組織検査」を経て、昭和天皇のがんが明らかになる。しかし、侍医長は“慢性膵炎”と発表。検査を担当した東大医学部の浦野順文教授の“真実を公表すべきだ”との提案は受け入れられず、教授は「遺書カルテ」ともいうべき文書にこう綴った。〈陛下の御病気を最後まで慢性膵炎で押し通すことは難しいと考え、(中略)いつの日にか真の病名を公表せざるを得ない時が来ると思った。〉末期の肝臓がんに蝕まれた浦野教授に残された時間は、わずかだった。

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 年が明けて63年。

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