乙武氏「私は教育者でもありますし、うしろめたさは常にありました」 〈乙武不倫全文公開(4)〉

社会週刊新潮 2016年3月31日号掲載

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 妻と3人の子を持ちながら、20代後半の美女とパリ、チュニジア旅行に出かけていた乙武洋匡(ひろただ)氏(39)。2人はダブルの部屋で宿泊し、帰国後には別ルートで帰って、再合流。この“人目を忍んだ関係”について、乙武氏はどう答えるか。

 ***

 東京都豊島区内の自宅マンションを出てきた彼に、

「年末年始に、奥さまとは違う女性と旅行に行かれていますよね?」

 こう尋ねたところ、動揺した様子で、

「いえっ」

 と否定し、事務所スタッフが運転する車に乗って去っていった。

 しかし、再度の取材申し込みに対し、逃げ切るのは難しいと判断したのか、その後、観念した様子の乙武氏はついに取材に応じた。以下は、爽やかなイメージで売ってきた乙武クンの「告白」である。

■「不倫と認識していただいて構いません」

「その女性とは、皆さんが『そういう関係なんじゃないか』と思っているような関係です。ええ、まあ、あのー、親しくて、まあ、お会いさせていただくことのある女性、ということになります。そうですね、はい、肉体関係もあります。不倫と認識していただいて構いません。彼女とは3、4年前からのお付き合いになります。長男が誕生しまして、まあよくある話ですけど、妻が母になり、夫婦らしさみたいなものが次第に失われていって……。本当ならば、夫である私がグッと堪(こら)えなければいけなかったと思うんですが、自分の弱さと言いますか、癒しを外に求めてしまいました」

 彼曰く、家庭の外に癒しを求め出したのは長男が生まれた8年前。20代後半の美女との不倫関係が始まったのは3、4年前。計算が合わない。長男誕生からこの女性と出会うまでの「空白の期間」はどうしていたのか。彼が夜の盛り場で女性と「いけない遊び」をしていたとの情報は複数ある。

■「5人と不倫したということになります」

「やんちゃな遊び方をしていた時期があります」

 乙武氏はこうはぐらかしていたが、彼にとっての「遊び」の定義を糺(ただ)していくと、やはり誤魔化(ごまか)しきれないと悟ったのか、さらなる衝撃の「自供」を続けた。

「今回、旅行に行った女性のほかに、肉体関係を持った妻以外の女性が全くいなかったと言えば、嘘になります。まあ、1人、2人ですかね。彼女たちとは、いわゆる一晩限りです。他にはですか……。一緒に旅行した女性と同じような関係の女性がこれまでに他に2人いました。はい、5人と不倫したということになります。妻には先週(3月第3週)、年末年始に旅行に行った女性との関係を告げました。泣いていました。非常に申し訳なかったと思います。私は教育者でもありますし、うしろめたさは常にありました。こういったことは非常にまずいことだったと思います。子どもにも……申し訳ない」

 そして、この状況での出馬について尋ねると、乙武氏は11秒間の沈黙の後、

「分からないですね……」

 と答え、決して否定はしなかった。

■取材後の講演で

 最後に、取材に応じた当日の3月20日、徳島県阿南市で行われた講演での、乙武氏の言葉を紹介しておく。

「(障害者を含めて)生きづらさを感じている人々がいる。そういう方々にも平等にチャンスが与えられる、自分らしく生きていく社会を実現するために、私は自分の人生を賭ける覚悟がある」

 障害者が抱える困難や生きづらさは察してあまりある。しかしそれは、障害者だから道を踏み外していいということには、もちろんならない。

 乱倫人生を送ってきた乙武氏は今後、どう「自分らしく生きていく」つもりなのだろうか――。

「特集 参院選『自民党』最強の切り札の背徳的生活! 一夫一婦制では不満足 『乙武クン』5人との不倫」より