船舶用冷蔵庫「ナミレイ」会長をフィクサーに育てた塀の中の誓い
骨董や美術品にとり囲まれた部屋でちょいワル風のファッションに身を包むその人物は、「フィクサー」とも呼ばれている。名前を聞いて眉をひそめる人もいる一方で、頼ってくる人も後を絶たない。大物政治家と管鮑(かんぽう)の交わりを結んだかと思えば、世界的歌手から親父のように慕われたことも。朝堂院大覚(ちょうどういんだいかく)氏(75)=本名・松浦良右(りょうすけ)=はいかにしてフィクサーとなりしか。
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“フィクサー”朝堂院大覚氏(75)
そのオフィスには情報を求める記者や、何やら曰くありげな人物がひっきりなしに出入りすることで知られている。
部屋の主・朝堂院氏は、もともと船舶用冷蔵庫を製造する「浪速冷凍機工業」(のちのナミレイ)の経営者だった。父親が関わっていた同社が経営危機に陥り、取締役営業部長として乗り込んだのは、1968年のこと。
朝堂院氏が言う。
「売り上げ目標を達成するため、毎年、社員を集めて自分の腕を日本刀で突き刺して見せたものでした。命がけで再建する決意を示すためですが、その血で血判状を作り、社員たちに署名させていたのです」
途中、社員の離反もあったが、モーレツ経営で会社は立ち直り、朝堂院氏は、200億〜300億円という大金を手にする。だが、もともと会社経営は本領ではない。国際政治の世界に乗り出したいと熱望していた朝堂院氏は後藤田正晴氏、石原慎太郎氏といった政治家との付き合いを深め、世界をとび歩くようになる。
■マイケルと意気投合
「ソーシャリストインターナショナル」などの集まりに顔を出すようになった朝堂院氏は、PLOのアラファト議長やスペインのフェリペ・ゴンサレス首相といった政治家の知遇を得る。
「特に親しくなったのがニカラグアのオルテガ大統領でした。革命後の10年間で30億円は支援したと思う。政権の経済顧問に任命され、ニカラグアに運河を通す計画を進めていたんです。“運河債”を発行して資金調達することも決まっていた。今思えば、この頃が人生の絶頂期だったね」
が、82年3月、石原慎太郎氏を伴ってニカラグアから帰国したばかりの朝堂院氏を、東京地検特捜部が逮捕する。空調大手の高砂(たかさご)熱学工業に対して業務提携などを強要したという容疑だ。
「当時、私はナミレイをさらに大きくするため、高砂熱学の筆頭株主にもなっていました。ところが、業務提携を進めているうち高砂の経営陣の横領が判明して刑事告訴することにした。これを機に経営陣を追い出して私が高砂のオーナーになろうと思ってね」
思惑は外れ、一転、獄中の人に。そして92年2月、懲役2年執行猶予4年が確定する。会社と縁が切れ、財産の大半を失ってしまったが、過去は振り返らない。そう誓った朝堂院氏はフィクサーとして本格的に活動を始める。
歌手のマイケル・ジャクソンと意気投合したのは、朝堂院氏が主宰していた「世界黒人会議」を通じて連絡が来たのがきっかけだ。参議院議員の丸山和也氏や民主党の枝野幸男幹事長は氏が作った「法曹政治連盟」のメンバーだった。最近では、ボクシングの亀田兄弟の相談役になっていることが知られているが、これも “頼まれごと”のほんの一部だという。
「なんで私に相談が舞い込んでくるか? 表から裏まで、色んな世界に顔が利くからさ。そのためにヤクザ者ともずいぶん喧嘩してきた。でも、いま思えば(ナミレイ事件で)逮捕されて良かった。ビジネスばかりやってたんじゃ面白くない人生だからね」
「フィクサー」はそう言って笑った。
「60周年特別ワイド 『十干十二支』一巡りの目撃者」より