賞金は非課税だという創設115年「ノーベル賞」トリビア

IT・科学週刊新潮 2015年12月17日号掲載

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「ノーベルウィーク」に沸くスウェーデンの首都ストックホルム。創設115年を誇るノーベル賞は、アルフレッド・ノーベルの命日12月10日の授与式で最高潮を迎えた。俗に人生は些事(トリビア)から成ると言う。蝟集(いしゅう)したトリビアがあわよくば同胞の人生賛歌へ繋がらん事を。

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 おざなりだ八百長だと、「エンブレム問題」が賞というものの胡散臭さを炙りだし続けたなかで、日本人ふたりのノーベル賞受賞はことに佳話(かわ)であった。

 ストックホルムの12月は、1日に6時間しか日照時間がない。裏返せば、各界のスーパースターを迎えるため、黒子たらんとする闇である。

 大村智・北里大特別栄誉教授(80)=生理学・医学賞=と梶田隆章・東京大宇宙線研究所長(56)=物理学賞=のみならず受賞者があげて投宿するのは、1874年開業の「グランド・ホテル」。湖、王宮、そして国会議事堂を望む抜群の立地とその格式ゆえに、スイートルームは通常、1泊20万円を下ることはない。

 ノーベルウィーク中は全280室のうち半分が受賞者ならびにその家族らで埋まる。念のためだが、配偶者や子供の“枕代”はノーベル賞を運営する財団が持つが、その余の同伴者は自腹となる。

 ホテルを起点に、財団が用意したBMWの後部座席に収まって関連行事をこなして回った大村、梶田両氏。去る6日、ふたりが訪れたのがノーベル博物館である。これは、賞創設100年を記念し、2001年に完成した建物だ。

「その中のカフェ『ビストロ・ノーベル』にやってきたクリントン(元米大統領)が求めに応じる形で、椅子の裏にサインをしまして。オーナーが“アイディアや良し”と、受賞者にサインを募るようになったんです。もっとも、クリントンは受賞者じゃないんですがね」(欧州在住ジャーナリスト)

 実際、大村、梶田両名もサインをしている。

「13年にノーベル文学賞を受けたカナダの女流作家アリス・マンローは、体調不良で現地入りをキャンセルしました。そんな彼女にも椅子をカナダまで送ってサインしてもらっています。新しい受賞者の椅子は天井に吊るされているので、わざわざひっくり返さなくても見られるんですよ」(同)

 差し当たって、222名の「サイン付き椅子」をカフェは所蔵し、盗難に遭ったことは一度もないと言う。

 博物館に劣らず、関係者らが集う場所が、1949年創業の紳士服店「ハンス・アルデ」である。授与式や晩餐会向けの燕尾服をレンタルするためだ。今年は、梶田氏ら受賞者5人を含む合計150人もの衣装を担当するのだとか。料金は3万円弱だから、この1週間でざっと450万円を稼ぐことになるわけだ。

大村智・北里大特別栄誉教授(80)と梶田隆章・東京大宇宙線研究所長(56)

 カネの話に触れたところで、「賞金は非課税」の秘密を明かそう。

 各賞の賞金額は800万スウェーデン・クローナで、単独受賞なら約1億1500万円。今回は共同受賞者がいることなどから分割され、大村氏が2800万円、梶田氏は5600万円ほどを手にする。

 振込か小切手で支払われるこの賞金。日本で非課税となったきっかけは49年、日本人として初受賞した湯川秀樹博士にさかのぼる。物理学賞の博士が受けたのは約3万ドル(現在の8000万円に相当)だった。

 戦後を生きることなど思いもしなかった世代にとって、「湯川受賞」は美談そのものである。

「当時、“賞金に課税するのは如何なものか”という議論が起こりました。それを受け、所得税法が改正されたのです」(財務省主税局)

 その結果として、翌50年、「ノーベル基金からノーベル賞として交付される金品」は非課税となった。今、口をぬぐって他人の税金が少なすぎると断じる国民はいても、その逆はなかろう。夢のような昔の話である。

 では、その金品はどうやって拠出されているのか。

「それは、財団の基金です。目下、550億円ほどのおカネを国内外の株式やヘッジファンドなどに投下し、通年で『3・5%以上の運用益』を目標にしている。昨年、一昨年と15%超のリターンを叩き出しましたが、一方で、リーマンショックに見舞われた08年は20%の損失となりました」(現地特派員)

 なるほど、世界経済の趨勢と無縁ではないようで、『知っていそうで知らないノーベル賞の話』(平凡社新書)の著者・北尾利夫氏によると、

「賞金額は01年に900万クローナから1000万クローナに引き上げられましたが、12年から2割減して現在に至っている。今後も変動する可能性があります」

■0対1対21

 ところで、「ノーベル基金から金品が交付されない」賞というものも存在する。それが他ならぬ経済学賞である。

 どういうことなのか。

「スウェーデン銀行が創立300周年を記念して、経済学賞を作りたいと財団に申し入れたのです」

 と話すのは先の北尾氏。

「それが1968年のこと。当初、財団はノーベルの遺志に反すると撥ねつけていたものの、最後は折れた。賞の正式名称は『アルフレッド・ノーベル記念スウェーデン銀行経済学賞』と冗長で、それに、賞金を支払うのも銀行なのです」

 日本人の受賞はまだない。

「経済学賞に関しましては、ノーベル基金から支払われないため、課税の対象となります」(国税庁)

 これから、その栄誉に浴す人物が出たとして、税法改正があるだろうか。

 最後に、この“お祭り”に乗れず、臍(ほぞ)を噛む韓国の事情を紹介しよう。これまでの受賞は、00年に平和賞を受けた金大中元大統領に限られる。だから、現地のある新聞は社説で、

〈日本人が昨日、物理学賞をまた取った。これで、韓・中・日の自然科学分野のノーベル賞の成績は、0対1対21だ〉

 と嘆じるばかりなのだ。彼らが太刀打ちできない理由について、拓大教授の呉善花氏による指摘。

「600年続いた朱子学の影響で、職人や技術者が蔑視される傾向が根強い。いくら国を挙げて『ノーベル賞学者』を養成しようとしたって、優れた研究者が育ちにくい土壌があるのです」

 元時事通信ソウル特派員の室谷克実氏が後を受け、こんな分析をする。

「漢字に比べハングルは、表現できる範囲が狭い。例えば『防水』と『放水』は真逆の意味なのに、同じ言葉で表すほかないのです。いきおい、韓国人の思考が単純・単調にならざるを得ないのは否定できません」

 これまでもそうだった。これからもそうだろう。招きの声がかからぬ「ノー・ベル」賞が続くのである。