日本人というだけでカリブのオタクに尊敬されて――風樹茂

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 欧米でアニメや漫画が人気なのは報じられるけど、海をへだてた地球の裏側にもオタクが存在していたとは。

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 メキシコ、アルゼンチン、チリ、ブラジル、ペルーなどの中南米諸国で、日本のアニメが放送され、オタク文化が認知されているのは、何の不思議もない。日系人がいる、日本の援助が様々な役割を果たしてきた、教育水準もそれなりに高い。社会は世界に開かれている。それらの国々では、親愛や尊敬の眼差しで、晴れて私は「ハポネス」と呼ばれる。

 ところが私が総計5年以上住むベネズエラ。石油大国ということで、以前からGDPは高く、日本の援助も少ない。日系人も極端に少ない。しかも最近は何かに取りつかれたように、チャビスモなる国家社会主義の非効率な経済システムを15年も続け、石油価格の低下もあいまって、経済は崩壊、インフラも悲惨な状況で、一部を除いて教育水準も決して高いとはいえない。社会は開かれていない。路上では軽侮のこもった目で私は「チーノ(中国人)!」と呼ばれる。このような社会に、オタクなどいるはずもない、そう思っていたのだが……。

■オタク臭がぷんぷん

 私が住む人口30万人に満たない港町で、最初に出会ったオタクは、友人の彼女だった。ベネズエラの女の典型といえば、大柄で、大きな胸の3分の1ほどをこれでもかというごとく晒して男を挑発しているものだが、彼女は小柄で華奢、ブラウスの下の胸も小ぶりで、褐色の肌の色をもう少し白くすれば日本人といってもおかしくない。家にこもって、手芸みたいなこともやっているという。「オタクだからか知らないけど、時々、鬱っぽいんだよね」。友人がいった。

 このベネズエラにもオタクがいる! イベントとかもあるのだろうか?

 そんな疑念に駆られて、さっそく調べてみると、カラカス、マラカイボ、バレンシアなどの大都市では、それぞれ、「Avalancha」、「SHIN OSECON=(Otaku no sekai convention)」、「AKICON(Akiba-Kei Shop)」、「Shonen」などと称するイベントがあり、数千人のオタクを集めているようだ。なんと、メイドカフェさえオープンした都市もある! よし! イベントに行こう!

 好奇心を抑えることができずに、「SHIN OSECON」に前もって渡りをつけ、昨年末の12月21日、350キロ離れた首都のカラカスへと、飛行機に乗り(出発は当然のごとく3時間遅れだ!)、マイケティア空港に着き、タクシーを飛ばした。すると、どうだ、郊外の会場の21世紀サロン(3000平米強)に近づくと、おー、いる、いる。地下鉄の駅から、サムライやメイドや、忍者やらに扮装した茶髪、赤髪、緑髪の若い男女がぞろぞろと出てきて、路上を歩いているではないか。コスプレ姿で公共交通機関に乗ってくるのだ!

■オタク臭がぷんぷん

 入口前でタクシーを降りる。レイヤー(コスプレーヤー)が列を作って前売り券を受け付けに手渡している。私は名前を告げて、中へ入る。入場料250ボリバル(映画3回分ほどの値段)は、明日予定の「オタクの源流」なる私の講演と引き換えに無料だ。取材申し込みをしたときに、オタクでもないのに日本人というだけで、強く講演を求められ、断りきれなかった。何を話すか考えがまとまらない。ちょっと憂鬱。

 入って手前の円形の間には、販売ブースが数軒並び、日本でもお馴染みのグッズが売られている。Tシャツ、バッグ、ナップサック、ヤッケ、筆箱。刻印されているキャラクターは、ワンピース、ナルト、ピカチュウ、デスノート、ドラゴンボール、進撃の巨人、セーラームーン、桜蘭高校ホスト部、スラムダンク、マリオ、ヴァンパイア騎士、初音ミク……、他にも私には判別のつかないキャラクターがたくさん(以下、読者には分からないキャラクターがたくさん出てくると思われるが、説明していたらきりがないため、ご容赦ください)。われら世代(50代)に懐かしいのは、ウルトラマンのフィギュア。

 それらのグッズを目を凝らして渉猟しているのは、主に10代、20代の男女。とりわけ男はデブだらけのベネズエラでは珍しく、メガネをかけたもやし型の貧弱な体型が多い。一見、インテリ風。中には強烈なオタク臭を放っている青年もいる。『BLEACH』の主人公黒崎一護がプリントされたTシャツを着て、携帯を左手に持ち、右手で自家製の刀を振り上げ、夥しいキャラクターのバッチに覆われたショルダーバッグを肩からぶらさげている。

 さほど広くはないスペイン語版のコミックの展示スペースには、『ナルト』が数冊、あとは『エア・ギア』(『週刊少年マガジン』2002~12)、『魔法先生ネギま!』(同2003~12)、『聖闘士星矢』(『週刊少年ジャンプ』1986~90)、『絶愛―1989―』(『マーガレット』1989~91)、『バガボンド』(『週刊モーニング』1998~)などが並べられ、ファンタジーからボーイズラブまで揃っている。奥付には「IVREA」とある。スペイン、アルゼンチン、フィンランドに拠点を置く、日本コミック専門の出版社である。どれも値段は850ボリバル前後(高級料理1食分ほど)。

 販売している青年にいくつか質問してみた。名前はロドリゴ・ゲバラ、85年生まれの29歳、母親はペルー人である。

「会社はリトルジャパンショップっていう名前で、4年前から8人でやっているよ。倉庫はあるけど、店舗はまだない。出版社とコネができたからコミックはアルゼンチンとスペインから船で輸入している。最初はアメリカのバットマンとかを売っていたけど、今は日本ものが主力。他のグッズはエクアドル、ペルー、メキシコに買付けにいっている」

 ――君もオタクってこと?

「もちろんそうだよ。小さい頃見たのは、スーパーマンなんかのアメリカのコミックだったけど、90年代の終わりごろから、『ドラゴンボール』、『犬夜叉』なんかがテレビでやりはじめた。最初に見たのはおばさんが好きだった『キャンディ・キャンディ』。今凝っているのは『ワンピース』、次に『アカメが斬る!』。『進撃の巨人』は好みじゃないな」

 ――20代まではオタクでも、そのあとは離れてしまう人も多いけど。

「だからオタク・グッズを扱うことにしたんだ。ずっとオタクでいられるからね。そのために漫画は研究しているよ。これは剣法系だとかH系だとかボーイズラブ系だとか知らなきゃ売れないからね。中にはナルト対サスケの戦いが出ているコミックを買いたいとか、細かく指定してくるオタクもいるから」

 ――同人誌のコーナーはないの?

「ベネズエラではまだかな。個人で漫画を描いている友人はいるけど」

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