「DV防止法」成立15年で急増した「冤罪DV」実態報告――西牟田靖(ノンフィクション作家)

社会週刊新潮 2015年9月24日菊咲月増大号掲載

「DV防止法」が成立して15年。DVは犯罪となり、日々、「社会悪」として糾弾されているのは周知の通りだ。が、その陰で、法を悪用して夫を「DV男」に仕立てる“でっちあげ”が急増中。ノンフィクション作家の西牟田靖氏が「冤罪DV」の実態をレポートする。

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 省庁勤務の妻を持つAさん(40代、自営業)。ある日、仕事に出ている最中、妻が1歳の息子を連れていなくなってしまった。

 以前から兆候はあった。

 夫婦仲は悪かった。Aさんから見れば、子どもが生まれても妻は育児放棄。そのくせ、職場の飲み会には、子どもを連れていきたいと言う。Aさんが抗議すると、妻は「もう家、出させてもらうわ」と逆ギレする始末。だからいつかそうなることは想定内だったのだが、唖然としたのは、

「離婚調停の場になって、突然、妻がDVを主張してきたのです。“尾骨が折れた”“10時間ほど怒鳴られた”などと。まったく身に覚えがないことです」

 ただ、思い当たる節はあった。

「以前、妻がキレたとき、咄嗟に子どもを抱きました。妻が突っかかってきたので押し返して子どもを守りました。その一件の後、妻は“家事は私がやってるよね”“あなたから暴力を受けた”とか、ありもしないことを話しかけてくるようになりました。別れた後の争いに備えて録音していたんでしょう。虚偽の暴力を元に医者に診断書を書かせていたことも後でわかりました」

 こうした“証拠”をもとに、妻は関係各所に出向いていた。

「家を出て行く直前から、警察や婦人相談所などにDVの相談に行っていたんです。私に対しての確認もなく、先方は妻の言うことを鵜呑みにしました。そして、相談に行ったという記録自体がDV被害の実績となっていきました。子どもの居所を知ろうと、役所へ行っても、DVを理由に住所の開示を拒まれる。3年経ちましたが、私は、今も息子に自由に会うことができないでいます」

 タクシー運転手のBさん(50代)も、似たような経験をした。

「タクシー会社に転職し、一家3人で会社の寮で生活を始めました。しかし、妻はここでの生活に馴染めませんでした。古くて狭い寮に嫌気が差したのか、あるとき“リフレッシュのため2週間ほど実家に帰りたい”と妻が言ったのです」

 Bさんは奥さんの希望どおり、2人を送り出した。ところがその後、一向に帰ってくる気配はなかった。

「そこで、私が月に1~2度、妻の実家を訪ねることにしたのですが、その度に帰宅を巡って妻と口論になるようになり、夫婦関係には完全にヒビが入ってしまった。“息子には会わせない”とも言われてしまいました。その後、離婚調停、そして訴訟を起こされ、“子の顔面を平手で殴打した”“痣が残る程の強さで腕をつかんできた”と主張されました」

 50歳近くでできた子どもだけに、Bさんは子どもが愛おしくて仕方なかった。家庭も大事にしていたつもりだ。そんな自分が妻子に暴力を振るうことはあり得ない、と主張する。そして、実際、裁判所では前者は通常の躾(しつけ)の範囲内、後者は判決書ではスルー、と妻側の主張は斥(しりぞ)けられた。しかし、

「妻は、警察や婦人相談所にもDVの相談に行っていました。『DV夫』と決めつけられたため、年金の扶養家族からも妻と息子は外れ、事実上の離婚状態に陥りました。妻はともかく、4歳の子どもとは会いたくて仕方がありません。別れて暮らすようになってそろそろ3年になるというのに、これまで合計でも10時間ほどしか会えていません」

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