誰も反省していない「東芝」2000億円不正会計 公家の社風を一変させた「強烈相談役」の陰日向

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「何とかしろ」。企業戦士にとって抗(あらが)い難いこの言葉の虜囚(りょしゅう)となり、彼らは禁断の手に出てしまったのだという……。2000億円の巨額に及ぶと見られている東芝不正会計騒動。そこから浮かび上がってきたのは、同社の反省なき体質と、強烈な相談役の存在だった。

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「ほかの会社がどうなのかは知りませんが、(東芝の経営方針は)当たり前のことじゃないですかね」

 同社のある現役役員は、恥じらいもなくこう言い放った。創業以来の危機である不正会計騒動の渦中の「当たり前」発言。その意味合いは改めて後述するが、あたかも他人事のようなこのセリフに、世間から見れば「当たり前じゃない」、今の東芝の企業体質が象徴されているのかもしれない――。

 不祥事に見舞われた際の鉄則は、腹をくくって一気に「膿(うみ)」を出しきることだと言われる。500億円、1500億円、1700億円、2000億円……。新聞報道によると、東芝の不正会計の額は雪だるま式に膨らんでいき、徐々に膿がドロドロと滴(したた)り落ちてくるかの如くで、まさに不祥事に弥縫(びほう)策で対処した典型と言えよう。しかも当初、田中久雄社長(64)は、

「会計処理が適正かどうかの検証が甘かった」

 と、意図的な利益水増しを否定していたのに、目下、その田中社長自身も、不正会計に「関与」していたと指摘されているのだ。一発で膿を出しきれなかった東芝は、世間の厳しい視線と株価下落、さらには刑事事件化も視野に入ってくるという、波荒き「海」に放り出された格好なのである。

「初代・財界総理」石坂泰三、「行革の鬼」土光敏夫。今月、創業140年を迎えた、「原発から炊飯器まで」を扱う東芝の歴代経営者は勇名を馳せてきた。大手重電3社の一翼を担い、ライバルの日立製作所と鎬(しのぎ)を削る東証1部上場の同社は、2014年3月期決算時点で売上高6兆5000億円、社員約20万人を誇る、紛う方なき我が国のトップ企業の1社である。

「東芝は『公家』、日立は『野武士』と言われるほど社風が対照的で、東芝はハイソでエスタブリッシュメントな印象が強かった」

 こう解説するのは、『パナソニック・ショック』等の著書があり、電機業界の内情に詳しいノンフィクション作家の立石泰則氏だ。

「事実、洗練された会社である東芝は進取の精神に溢れ、ワープロは日本初、ノートパソコンは世界で初めて売り出してきました」

 ノートパソコン「ダイナブック」、液晶テレビ「レグザ」、エアコン「大清快」、空気清浄機「ウルオス」……。東芝が国民生活に浸透している会社であることは疑いようがない。そんな名門企業が、

「何とかしろ」

 経営幹部のこんな一言で、2000億円もの不正会計を行っていたというのだから、ワンマン経営者の鶴の一声に振り回される中小企業、いや地方の町工場も真っ青の杜撰さと言うしかあるまい。

■公家から野武士へ

「今年の2月、証券取引等監視委員会に“タレこみ”が入ったことがきっかけでした」

 と、経済記者が「東芝ショック」の経緯を振り返る。

「東芝の内部資料が添付されたその告発をもとに、証券監視委が説明を求めたところ、東芝は5月になってようやく、500億円の不正会計が見つかったと公表。『事務的なミス』として処理する予定だったようですが、調査が第三者委員会の手に委ねられると、次から次へと不正会計が明らかになっていきました」

 その会計の“手口”は、

「材料費の過少計上や広告費の先送り計上といった具合に『支出』を実際より低くし、完成品が売れていないのに部品取引の利益を過大に計上していた『収入』の嵩(かさ)上げも行っていた。第三者委員会は、こうした会計が少なくとも09年に就任した佐々木則夫社長(当時)時代から始まっていて、さらに彼の前任の西田厚聰(あつとし)現相談役時代から続いてきた『慣行』だと見ている。半導体、パソコン、テレビと、広い範囲の事業で不正会計が行われていた可能性が極めて高いとして、調査が続けられています」(同)

 いずれ露見するであろう「稚拙」な不正会計を、全社的に行っていたのではないかと疑われている東芝。

「さすがに、それはまずい」と、誰かが常識的な判断を働かせて止めていれば、今回の不祥事は防げていたはずである。しかし、結果的に証券監視委にタレこみが行われるまで、誰も声を上げなかった。こうした事態を誘発したのが、

「『何とかしろ』に代表される上層部の圧力でした」

 と、先の記者は分析する。

「取締役会では、目標の売上高や利益を達成できなかった部門の役員が、田中社長などに謝罪する光景が日常茶飯だったと言います。また、社長月例と呼ばれる会議に各部門の責任者が出席し、田中社長から『(損失の)計上時期を考えられないか』といった指示が出されていたそうです」

 さらに、田中社長や佐々木前社長が、

「幹部社員に電話やメールで、『どうして予算を達成できないのか』『もう少し、利益や売上高を上げろ』と指示していたことを、第三者委員会は、社内サーバーを調べ、削除されたメールもチェックした上で把握しています」(同)

 企業トップによる苛烈な「成績アップ指令」。前述したように、公家と呼ばれた「穏健集団」が、なぜこれほどまで遮二無二、数字にこだわる野武士へと変貌したのか。ある経済ジャーナリストは、

「全ては、西田相談役が東芝を変えてしまったことに帰結する」

 として、2代前の社長で強烈な個性を放つ西田氏が「元凶」だと非難する。

「それまでの東芝は、良い意味でおっとりした会社でした。しかし、05年に西田氏が社長に就くと、東芝の企業風土は数字至上主義に一変。彼が東芝のガツガツしない伝統を潰してしまったんです」

 確かに西田氏は、東芝の中で異質の存在だった。

■ダイナブックを普及

「早稲田大学政経学部を卒業した後に東大大学院を修了した西田氏は、イラン人女性と結婚し、彼女とともにイランに移住。そこで現地企業と東芝の合弁会社に就職して、31歳で本社に引き上げられました。一風変わった経歴の持ち主で、東芝の歴史を知らない『異端児』なんです」(同)

 東芝本社入社後、90年代に世界トップシェアを誇ったダイナブックを普及させ、その功績で社長まで上り詰めた西田氏は、東芝の公家体質にメスを入れた。

「新しいものを取り入れるのは得意でも、東芝は商売が苦手。それが公家と称された所以(ゆえん)でもありますが、先ほど挙げたワープロ等は、いずれもソニーやパナソニックといった後続企業に巻き返されています」(前出の立石氏)

 このお人好し気質のせいで00年代に赤字に陥ったパソコン事業を1年で黒字に転換させ、社長時代には過去最高の7兆7000億円の売上を記録し、「数字の鬼」として鳴らした西田氏。加えて、東芝は社内カンパニー制を取り入れていたこともあり、西田体制下で事業部門ごとの成果主義が極度に進んでいったという。

「西田さんが打ち出した経営方針は『集中と選択』でした」

 と、経営評論家の片山修氏は説明する。

「儲かる事業に特化することで売上を伸ばし、一時、彼は経団連会長候補にも擬せられたほどです。ノルマ、成果にこだわる異色の経営者で、西田さんが社長になってから東芝が変わったのは間違いありません」

 経済ジャーナリストの松崎隆司氏が後を受ける。

「西田さんは、大きな事業である半導体と原発の2つに収斂する経営を進めました。リスキーなので普通は採らない方針ですが、彼は大胆にもその道を選んだ。ところが、08年にリーマンショックが起き、さらに11年の『3・11』が追い打ちとなって、半導体需要が落ち込み、原発事業も大停滞を余儀なくされました」

 パソコン畑出身である西田氏に対し、その後を継いだ佐々木氏は、原発畑一筋で西田氏と反りが合わず、かといって西田氏を放逐することもできずに、

「何とか原発事業を維持するため、そして西田さんを見返すためにも、佐々木さんはその他の事業で業績を上げようとした。そこで無理をしてしまい、不正会計が生まれてしまったのでしょう。そして西田さんは、佐々木さんの後に田中さんを社長に指名し、子飼いの非社長経験者を会長に抜擢するなど、西田院政が敷かれていた。西田さんの意に反すれば、いつ外されるか分からないとのプレッシャーから、田中社長も無理をして成績を上げようとしたものと思われます」(同)

 事実、西田氏になつかなかった佐々木氏は、社長を退任すると会長に上がるのが通例だった東芝にあって、副会長なる新ポストで「飼い殺し」(元東芝社員)にされた。それどころか西田氏は、佐々木氏が社長を退く直前に彼のことを、

〈有言不実行ばかりを繰り返していて、反省がない〉

〈社内で会議ばかりやっている。これはまずいですよ〉

〈自ら前線に出て、お客様のところに行かなければダメなんです。そういうことが彼には一切なかった〉(いずれも「週刊現代」13年6月1日号より)

 と、公然と批判してみせたのだ。前代未聞の、当時の前社長による現社長糾弾――。加えて、

「オフレコでは、西田さんはかなり前から、『あいつ(佐々木氏)はダメだ』と、親しい記者たちに不満をぶちまけていた」(前出記者)

■「危機管理の真逆」

 陰に陽に後任社長をバカにして、東芝の品位を低下させていた感が否めない西田氏。ある意味では、経歴が物語るように「豪放磊落」に振る舞っていたわけだが、5月に不正会計の一端が世に出た際、見解を聞くべく彼の自宅を訪ねると、

「ごめんなさい、私はもう過去の人だから。今回の件についても報告を受けましたが、報道以上のことは知らない。よく分からない。ごめんなさい」

 メディアで「佐々木批判」を展開した豪快さはどこかに消え、まるで不正会計の「責任」が自らにも及ぶことを察知していたかのように口を噤(つぐ)んだのだった。

 そこで今回、欧州出張中(7月13日時点)だという彼の代わりに、西田社長時代から始まったとされる「数字至上主義」についてある現役役員の執行役に尋ねたところ、冒頭に触れた驚愕の弁が飛び出したのだった。

「合意した(設定された)予算(売上や経費)に向けてやるのは当たり前だという感覚がある。普通にね」

 不正会計を招いたノルマ絶対体質を、この期に及んで「是」とする東芝。何が問題なのかが理解できていないと言わざるを得ず、無反省の謗(そし)りは免れまい。危機管理コンサルタントの田中辰巳氏は、このような東芝の体質ゆえと思われる対応の拙(まず)さを指摘する。

「企業不祥事が発覚した時に大切なことは4点あります。『誠実な情報開示』、『厳しい処分』、『確実な再発防止策』、そして『心に届く謝罪の言葉』です。しかし、今回の東芝はいずれもできておらず、危機管理の真逆を行っています」

 なるほど、「無反省役員」の呑気なセリフも頷ける。だが、11年にオリンパスの粉飾決算を暴いた、経済ジャーナリストの山口義正氏による次の見立てを聞いても、東芝は悠長に構えていられるのだろうか。

「第三者委員会の委員長は元東京高検検事長で、既に東京地検特捜部に調査した情報の詳細が伝わっているとの話もある。オリンパスは限られた上層部が粉飾決算を行っていましたが、東芝の場合、不適切な会計は各事業部門に存在すると言われていて、広範囲にわたっていると言えます。例えば有価証券報告書の虚偽記載で、刑事事件に発展する可能性もあるでしょう」

 お咎めなしが「当たり前」と、開き直るのは難しそうだ。

週刊新潮 2015年7月23日号 掲載

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