桶川・足利事件の調査報道で社会を大きく動かした記者が報道の原点を問う

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“真実”は現場にあり。 桶川・足利事件の調査報道で社会を大きく動かした記者が、報道の原点を問う。
真偽を見抜く力/清水 潔『騙されてたまるか―調査報道の裏側―』

 私は「伝聞」というものが嫌いだ。

 例えばこんな記事か。

「捜査関係者によれば、容疑者は大筋で犯行を認めている」

「伝聞」にもとづいており、情報の発信源も曖昧。おまけに「大筋」というのが何を指しているのかさっぱりわからない。最悪なのは、たとえそれが後に事実ではないとわかった場合でも、誰も責任を取らないことだろう。そんな無責任な報道を私は何度も見てきた。

 新聞、週刊誌、テレビと主に事件記者として報道の仕事に携わって三十五年が経つが、これまで「記者クラブ」に所属したことはない。足しげく現場に通い、自分の目で見て、関係者の声を聞き、事実関係を一から調べていく。そんなプロセスを経たものしか信じられない。

 このような取材スタイルが「調査報道」と呼ばれたこともある。代表的なものが、桶川ストーカー殺人事件と足利事件についての報道だ。

 前者では、警察より先に殺人犯を特定、さらに警察が隠蔽していた怠慢捜査の実態も報じた。当事者である警察は自らに不利なことを発表するはずもなく、当然警察発表に頼る他のメディアとは百八十度方向性が違う記事となった。

 足利事件は、すでに男性が逮捕されて“解決済み”のはずだった。しかし私は「おかしいものは、おかしい」と事件を一から検証、冤罪の可能性を報じ続けた。その結果、受刑者の無実が明らかとなり逮捕から十七年目に男性は釈放された。

 いずれも取材から報道まで苦難の連続だった。詳細は、『桶川ストーカー殺人事件―遺言―』『殺人犯はそこにいる―隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件―』(ともに新潮社)でも発表しているが、今回新たにその取材の裏側をまとめてみた。

 綱渡りのような際どい取材は他にも数多く経験している。殺人犯と直接対峙したことも一度や二度ではない。地球の裏側まで強盗殺人犯を追跡し、「あなたは人を殺したんですか?」と詰め寄った時は、さすがに肝を冷やした。ハイジャック事件の現場を走り回ったことも、北朝鮮が認めるはるか前に拉致事件を検証したことも、「公訴時効」という厄介な“敵”と戦ったこともある。

 このような調査報道の裏側を、記者人生の集大成として惜しみなく盛り込んだのが、本書である。

 本当か、嘘か――。

 それを見極めるのが私の仕事のひとつであり、もし騙されれば、それはそのまま“誤報”となる。

 こうした危険は、何もメディアに携わる人間だけのものではない。個人にも「真偽を見抜く力」がこれまで以上に求められている。振り込め詐欺、悪質な投資や宗教の勧誘、食品偽装……そんな危険から身を守るためには、そして政府やメディアの嘘を見抜くためには、一体どうすればよいのか。そのヒントを本書で提示したつもりである。

 真偽を判定する方法と調査報道の手法には重なるところがある。何かの参考になればこんな嬉しいことはない。

清水 潔(しみず・きよし ジャーナリスト)

2015年5月号掲載

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