「佐渡裕」と福岡の中高生が難曲「第九」に挑む映画「キセキの第九」…世界的指揮者が生徒たちに提示した「3つの条件」とは

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“第二の主役”、登場

「ひさびさに訪れると顧問の先生が『第1楽章はできています』というので、聴いたのですが……とても無理でした。これは大変なことになったと、正直、焦りました」

 ふだんわたしたち素人は、プロの完璧な演奏を聴いているので、《第九》のどこがそんなに難しいのか、あまり意識しない。だがこの映画で生徒たちの演奏を聴くと、一発で、《第九》が、いかにとんでもない難曲であるかがわかる。中高生には、明らかに難しすぎて「演奏できない」曲なのだ。

「《第九》は全体が難曲で、大きな難所がいくつもあります。案の定、そこができていませんでした。このままでは演奏会どころではない……」

 ここで映画では、“第二の主役”ともいうべき人物が登場する。指揮者の矢澤定明さんである。全国各地のオーケストラ、吹奏楽団のほか、新国立劇場や兵庫県立芸術文化センターで合唱指揮として活躍しているベテランである。アマチュア指導も経験豊富だった。実は矢澤さんは、佐渡さんのアシスタントを長くつとめてきた、気心の知れた後輩なのである。

「矢澤くんとはもう、30年の付き合いです。弟子はとれないけど、見学するのならいつでもいいよと、迎え入れました。特に合唱やオペラ公演では、いつも助けてもらっています」

 佐渡さんは、急きょ、この矢澤さんに助けを求めた。常に明るくエネルギッシュな矢澤さんは、すぐに飛んできて、生徒たちの現状をチェックし、練習スケジュールを組み立てた。

 ここから、佐渡さん不在の間、矢澤さんが、具体的にどのように指導し、《第九》をつくりあげていくのかは、映画でご確認いただきたい。なるほど、「音楽をつくりあげる」とは、こういうことなのかと、感動するはずだ。佐渡さんも「映画の陰の主役は矢澤くんですよ」と笑って語っていたほどだ。

本番3日前に起きた出来事

 そのほか、実際には、いくつかのパートに地元のプロ指導者も入る。5年前、“約束”の公演に参加できなかった卒業生も、賛助出演で駆けつけてくれる。地元市民を中心に結成された260名の大合唱団の練習も佳境に入った。

 そしていよいよ本番3日前、佐渡さんが現地に入り、最後の集中練習がおこなわれた。ところがここで、あるパートの生徒が、音が出なくなってしまう。あまりに緊張が重なり、隘路に入り込んでしまったようだ。カメラは、緊張の瞬間を容赦なく追いつづける。

「選択肢は3つです。(1)このまま何とか練習を重ねて1人で乗り切る、(2)もう1人加えて、2人で重ねて演奏する、(3)メンバーチェンジする……」

 果たして本番でどうなるのかは、スクリーンでご覧いただきたい。エンタメ映画のドキドキハラハラを上回る「キセキ」が、タイトルどおりに起きる。佐渡さんがいう「ティーンエイジャーは奇跡を起こせる」が証明されるのだ。

 しかしもし、本番で「キセキ」が起きていなかったら……?

「そのときは、指揮者であるぼくの、全責任です。これはプロでもアマチュアでもおなじ。音をまちがえる、音が出ない、これらも含めてすべてが指揮者の責任です。でもそれが“音楽”なんです。演奏は、1回かぎりのものです。ミスもあるでしょう。残酷ではあるけれど、そこに愛おしさもある。喜びや悔しさが一緒にあってこそ、音楽だと思います」

 プロによる《第九》の演奏映像は、膨大な数がある。だが世界的な指揮者が、地方の中高生を指揮した映像は、本作が世界初だろう。

「よく地方へ行くと、“この町は予算がない”とか、“文化レベルが低い”と口にされ、だからたいしたことはできないのだという方がいます。でもこの映画を観ていただければ、人口2万人の町で、中高生が奇跡を起こした様子におどろかれると思います。音楽の専門教育を受けていない中高生が、260人の市民合唱団とともに、2000人のホールを満席にし、スタンディングオベーションで大喝采を浴びた。育徳館の生徒たちは、《第九》がいかに素晴らしい音楽かを、全身で伝えてくれたのです」

 映画「キセキの第九」は、12月12日(土)から東京 ユーロスペースほか全国順次公開される。なお、12月5日(土)から福岡 KBCシネマ1・2、小倉昭和館 にて先行上映がある。

映画「キセキの第九」:配給:太秦 (C)KBC九州朝日放送

【前編は「合唱団の半分は未経験で、ドイツ語も知らないけれど…『指揮するたびに“人間は捨てたもんじゃない”と実感します』 世界のマエストロ『佐渡裕』が語る“1万人の第九”の醍醐味」】

富樫鉄火(とがし・てっか)
昭和の香り漂う音楽ライター。吹奏楽、クラシックなどのほか、本、舞台、映画などエンタメ全般を取材・執筆。シエナ・ウインド・オーケストラなどの解説も手がける。

デイリー新潮編集部

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