「防災庁」発足で災害対応の“縦割り打破”…一方で「警察庁」サイドが渋い顔をする理由「これでまた担当大臣の格付けが落ちるのではないか」
有力政治家の登竜門
前出の警察関係者は「その国家公安委員長は以前、若手有望政治家の登竜門というか、首相を目指す先生方がステップアップするための最初のポストでした。旧自治相を兼務することで、県と県警の関係の相似形として、旧自治省と警察庁が位置づけられていたからです」と振り返る。
実際、自治相兼務の第37代国家公安委員長を務めた後藤田正晴氏は内閣のナンバー2にして首相の“女房役”の官房長官と副総理を歴任。官房長官経験者では他に、財務相として小泉内閣で「総理の後見人」と呼ばれた第52代国家公安委員長の塩川正十郎氏や、小渕内閣で「影の総理」と言われた第56代の野中広務氏も自治相兼任だった。
また、昭和から平成初期にかけての政界をリードした自民党旧竹下派で、将来の首相候補と目された「七奉行」のうち、第44代の小沢一郎氏、第46代の梶山静六氏、第49代の渡部恒三氏、第50代の奥田敬和氏と実に過半数が自治相を兼任した。
一方、防災相は2001年の中央省庁再編に合わせて、阪神大震災を踏まえ、縦割り行政排除のために新設。災害対応の初動から関わる警察組織との関係から、国家公安委員長が兼務するケースが多かった。ただ全国の自治体を統括する自治省が、郵政省などと統合され総務省になったことで権限が一層拡大。国家公安委員長は総務相とは分離されたため、対照的にポストが軽量化した。
実際、閣僚ポストを配分する際には総務相や財務相、外相、経産相といった重量級閣僚と異なり、政界での影響力や経歴、実績などはほぼ無関係に「一定数の配分が必須な参院議員枠や女性議員枠に当てはめられるケースや、当選回数は重ねたけれど重責ポストは任せられない人物を、取り敢えず置いておく例が多い」(野党議員秘書)とされる。このため議員生活の終盤を迎え、“上がり”が近い「大臣待機組」のポストと見なされていた。
「その風向きが変わったのが、東日本大震災の発生です。防災相の出番が急激に増え、露出も注目度もアップ。その後も災害大国、地震大国ならではの発災が相次ぎ、コメントが新聞やネットニュースに載ったり、テレビで会見や視察の映像が流れたりとスポットライトを浴びることで、有権者へのアピールポイントが爆上がりしました」と政府関係者は語る。
「そうした変化に注目したのが、菅(義偉)さんでした」(前出の野党議員秘書)
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