育成出身初の「交流戦MVP」獲得…西武のニュースター「長谷川信哉」が震えたCS敗退の瞬間「正直、ブーイングが起きるのではと思っていたんですが…」
埼玉西武ライオンズ・長谷川信哉(24)の2026年シーズンは打率、打点、本塁打など、昨年を上回る成績を残し、リーグ2位となったチームに貢献した。一方で、長谷川といえば「記録(数字)」だけでなく、「記憶」にも残る選手でもある。好打やファインプレー、本塁打はもちろんだが、ファンの脳裏に焼き付いて離れないシーンがいくつもあった。骨折による離脱など、これまで経験したことがなかった出来事もあった26年シーズンと来季への展望を語ってもらった。(前後編の後編)
けがでチームを離脱
交流戦MVPという栄誉に輝いた長谷川だが、7~8月に左手有鈎(ゆうこう)骨骨折により、チームを離脱する。有鈎骨とは、手首の関節を構成する骨で、手のひらの付け根の小指側にある。この部分の故障は野球やゴルフ、テニスの競技者に多く、バイクの運転中に転倒して痛めることもある。疲労骨折の場合、あまり痛みを感じずに競技を続けられることもあるという。
「春季キャンプ前の自主トレの頃から、痛みは感じていました。その時点で折れていたのだと思います。でも、プレーができる痛さだったので、そのまま続けていました」
ちょっとやそっとの痛みは我慢して練習を続ける――厳しい勝負の世界に身を置くプロ野球選手なら、よくあることかもしれない。だが、
「7月1日のソフトバンク戦でファールを打ったあと、力が入りにくくなりました。次の日の試合前にバットを振って確認したんですけど、どうも小指に力がはいらない。スイングした時に浮いた感覚というのか、右手一本で振っているという感じでした。この状態で出続けてもチームに迷惑をかけるだけと思い、西口(文也)監督や、鳥越(裕介)ヘッドに伝えました」
翌2日に登録抹消。7日に手術を受け、折れた骨を取り出すことに。復帰は8月28日となったが、7~8月の大事な時期、チームを離脱することになった。
「オフシーズンならよかったのですが、2カ月も野球ができないというのは初めての事ですし、シーズンの大事な2カ月を無駄にしてしまったのは辛かったです。ただ、このケガは、折れた骨を取ってしまえばもう折れることはない。その意味では、不安点がなくなる手術を受けるのだからと、前向きに考えるようにしました」
術後、周囲に「生命線が一本増えた」と語っていたというが、
「手術後は、生命線が“人”の字のように、枝分かれしてまったんです。それまで60キロ以上はあった握力が、4.9キロまで落ちてしまい、お茶碗も持てませんでした。まずは手のひらのグーパーの動きから始めましたね。あとは、トレーナーさんのアドバイスを受けながら電気療法を試したりして。バットを持てるようになったのは手術から4週間ぐらいたってからでした。周囲の支えもあり、復帰することができましたが、何不自由なく野球ができることの有難さがよく分かりました」
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